27(2024.6.17)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから輪投げを一組、手に取りました。色とりどりの輪と四角い輪投げ台のセットです。
サムが放った輪は、それぞれ③、⑤、⑦に収まり、右肩上がりに輪が揃いました。
その時、スッ、とレイヤーが切り替わるように部屋が薄暗くなりました。蛍光灯が切れたようです。サムは頭をぽりぽり掻きました。サムの背丈ではまだ蛍光灯を交換することはできません。昼間なのでさして支障はないのですが、なんとなく落ち着きません。ぽりぽり。
「お困りのようですね」窓から何者かが入ってきました。真っ白な長布を身にまとい、背中からふわふわの翼を生やした、若々しく中性的な顔立ちのそれは天使でした。
「光が欲しいですか」天使は歌うように訊ねました。頷くサムに、
「では、あなたが手に持っている輪を私の上に投げてください」天使の頭を見ると、そこにはトレードマークの光輪がありませんでした。
「ええ、私にとっても、あなたの協力が必要なのです」微笑を崩さぬまま天使が説明します。「私たち天使は毎年この季節になると、東から西へ、群れを作って長旅に出る習いとなっています。しかし、道中、カラスに化けた悪魔の襲撃に遭い、私だけが光輪を割られてしまったのです。光輪は天使の証。私は群れを追い出されてしまいました」そう語る天使の裸足は泥と草に汚れていました。「そういうわけで、代替品と、できれば仮住まいが欲しいのです」
サムは頷いて、輪を投げました。輪は天使の頭上でピタリと静止すると、ぼんやり光り始めました。光は強さを増してゆき、やがて部屋の隅々までを高貴に照らしました。
「どうです、明るくなったでしょう」サムは再び頷きました。ありがとう。
「どういたしまして」天使は微笑しました。どことなく誇らしげな風にも見えました。
一週間が経ちました。天使は、子供部屋の中心で直立したまま蛍光灯役を務めました。輪は、夜になるとひとりでに崩壊しました。暗くなった部屋のベッドに入り、サムは目を閉じます。おやすみ。「おやすみなさい」そして朝が来ると、新たな輪を天使に与えるのでした。
二週間が経ちました。いつものように輪を投げようとしたサムを天使が制しました。「もう、その必要はありません」戸惑うサムに、天使は懐から何かを取り出しました。それは、これまで崩壊した輪の破片を集めてひとつの輪に再構築したものでした。神業めいて均一に滑らかなそれを軽く振って、「あなたがくれた地上の輪は、そのまま光輪として使うにはあまりにも脆かった。ですが、今日まで少しずつ天使の力を込めてゆき、こうしてひとつに集約することで、本物の光輪へと昇華させることができたのです」輪をみずからの頭上に据えると、今までで最も強く、そして神々しい輝きがあたりを満たしました。
同居するようになってから初めて、天使が歩きました。窓を開け、「短い間でしたが、あなたにはお世話になりました。どうかこの先、末永く主の慈愛のあらんことを」そして、洗い立てのシーツにも似た純白の翼をパッと広げ、空の彼方めがけて飛び去りました。
讃美歌が聞こえてきそうなほどに澄んだ青空を見上げて、サムは叫びました。蛍光灯は?
「これでよし、と」お母さんは踏み台から下りると疲れた肩をぐるぐる回しました。足元の古い蛍光灯を片付けながら、誇らしげに言いました。「どう、明るくなったでしょう?」
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