41(2024.9.23)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから剣を一本、手に取りました。複雑な模様が刻まれたおもちゃの剣です。柄に埋め込まれた宝石代わりのプラスチックがきらりと輝き、見つめるサムの瞳に飛び込みました。
「今日は、この剣にまつわる物語を聞かせることとしよう」夕刻、広場に集まった子供たちを前に、しわがれ声の老人は語り始めました。彼の手には錆だらけの剣が握られています。
「昔、とある町に一本の剣があった。それを抜くことができた者は勇者になれる、そういう類の剣じゃ。だが、実際に抜こうと試みる勇敢な者は一人としていなかった」
「どうして?」洟を垂らした男の子が尋ねました。
「その剣は、竜の眉間に刺さっておったのじゃ」竜が一声吠えると、周辺の家々が震えました。竜がくしゃみをすると、放たれた炎が野良犬を丸焼きにしました。ある日、山から飛んできた手負いの竜が、町の中央広場に棲みついてしまったのでした。住民登録手続をさせるべく訪れた役場の職員が喰われ、消防団員と自警団員が喰われ、広場の改修を請け負っていた業者が当初の施工計画通りに出勤させられて喰われ、町長が不信任決議を受けました。
「眉間に刺さった剣さえ抜くことができればよいのです」ローブを着て、水晶玉を持った学者が説明しました。「竜は眉間に太い血管が集中しており、そこだけは治りが遅い。剣を抜き、医療機関の受診を健康保険料の未払いを理由に拒めば、必ずや失血死することでしょう」
「わかった」新しい町長はそう言って、隣に立つ議長の方を向きました。「褒章を出そう」
町中にビラがばら撒かれました。ビラには、赤と黄色の太文字でこう書かれていました。
『竜の眉間に刺さりし剣を抜きし者、金銀財宝と一等地を進呈す。免税措置あり』
「だが、実際に抜こうと試みる勇敢な者は一人としていなかった」老人が繰り返しました。
「やむをえん」町長はそう言って、隣に立つ議長の方を向きました。「条例を出せ」
町に巨大な自販機が建設されました。一日一回、町長みずからがレバーを回し、排出されたカプセルを開け、中の紙に書かれた名前を読み上げました。呼ばれた町民は老若男女問わず、剣を抜くために広場へ派遣されました。役場の窓口で弁当と茶が支給され、それらを消費する間もなく喰われました。竜は種の習性に従い、喰った人間の所持品を巣に溜めました。各人が自腹で購入した武具が塀のごとく積み上がり、討伐難易度をいっそう高めました。
「やむをえん」町長が呟きました。学者も議長もすでに喰われていました。「夜逃げしよう」
深夜、竜のいびきしか聞こえない町を、町長は早足で歩きました。無人の家と家の間を通過しようとして、路地裏から伸びた幾本もの腕に掴まれ、そちらへ引きずり込まれました。怯える町長を見下ろす男たちの目が、闇夜にも赤々と燃えているのが分かりました。
「貴様だけ助かろうなどと、けして許すものか」儂はそう叫ぶと、にっくき奴めの口を無理やり開いてありったけの火薬を詰め込んでやった。食道、胃、直腸に至るまでみっちりとな。それから花火師を営んでいた同志が導火線を奴の喉に突っ込み、同志外科医が口と肛門を縫い合わせた。最後に同志大工が組み立てた台車に奴を載せ、儂らは全員でそれを広場まで押していった。生涯で最も月の大きい晩じゃった。導火線に火を点け、眠る竜の鼻先めがけて台車を蹴り飛ばし、そうして儂らは勇者となった。ほれ、この剣こそがその証拠。
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