42(2024.9.30)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから貯金箱をひとつ、手に取りました。豚のかたちをしたピンクの貯金箱です。背中には長方形の小さな穴が開いており、そこから硬貨を投入する仕組みになっています。
サムは悩んでいました。欲しいものがあるのです。貯金箱を開ければ多少のお金が手に入るものの、足りるかどうかは怪しく、金額を確認しようにも、壊さないと中身を取り出せない仕様なのでした。本当に、いったい誰がこんな不便な仕様を定着させたのでしょうか!
悩めるサムの爪先を、コツンとつつく豚の鼻。こちらを見上げるつぶらな瞳が、今日まで過ごした日々をダイジェストで思い起こさせました。同じ日に産まれてベッドが隣だったこと。好きなおもちゃをめぐって喧嘩したこと。動物園で分け合って食べたアイスのこと。
無理だ。サムはハンマーを床に落としました。この仔を壊すなんてできない。
サムは心を入れ替えました。まじめに働くことに決めました。それじゃあ行ってくるよ。おろしたてのビジネススーツを着たサムの背中を、貯金箱がブウと鳴いて見送りました。
「よし、このあたりでいいか」親方が軽トラックを停めると、荷台の上で寝そべっていたサムは体を起こしました。ここは都会をすっかり離れた田園地帯。長い砂利道を挟んで、右も左も肥沃な土と、そこから等間隔で伸びた樹だけが地平線の果てまで続いています。
あれから半年。出発時のスーツはどこへやら、サムは作業服姿です。就職口を見つけられずに
「今日はB-Ⅶブロックを採集する。B-Ⅶだからな。いいか、この前みたく間違えるなよ」
あい、と生返事して、果樹園に足を踏み入れます。右手には剪定鋏、左手にはずだ袋。
しばらく進むと立て看板を発見しました。〈B-Ⅶ〉の文字。ここで間違いなさそうです。周囲には、なるほど、お目当ての果実――丸々と太った豚の貯金箱――がふんだんに生っています。硬貨投入口から伸びた枝を剪定鋏で切ると、貯金箱はブウと鳴いて真下のずだ袋へと落下してゆきます。袋内部のクッションが破損を防ぐ仕組みです。
こうして集めた貯金箱をあちこちに売りさばくのが、親方とサムの仕事なのでした。
昼寝もしたし、今日は調子がいいぞ。親方が回収に来るまで、サムは精力的に働きました。緑豊かな果樹園に、満杯のずだ袋がいくつも点在する様はまるで現代アートのようです。
やがて近づいてきた靴音に向けて、サムは得意げに呼びかけました。どう、すごいでしょ。
「ばかやろう」開口一番、怒鳴る親方。冷や汗をかいて、「ここはB-Ⅷブロックだ」
そんなはずは。改めて看板をよく見ると、〈Ⅷ〉の一番右の〈Ⅰ〉が汚れで隠れていたではありませんか。そんな。呆然とするサムに、「早くずらかるぞ! 奴が来る!」
しかし時は既に遅く、奴が現れました。農家の格好をした大男。麦わら帽子の下では、本物と見まがうほどに精巧な豚のマスクが目を血走らせています。果樹園を荒らす者を始末する守り神です。電動チェーンソーを唸らせ、こちらに向かって猛然と駆けてくる守り神。
全力で逃げるサムたち。もう、働くのはこりごりだよ~。アイリス・アウト。完。
ちゃりん。もらったお小遣いを貯金箱に入れながら、サムは言いました。ねえ、働くって大変だね。「働いたこともないのによく言うわ」お母さんは笑って答えました。
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