2(2024.1.2)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからミニカーを一台、手に取りました。サムの小さな掌にちょうど収まる大きさの、真っ赤なスーパーカーです。壁際まで移動してから床にミニカーをそっと置き、颯爽と乗り込みました。エンジンをかけてハンドルを握って、そうそう、シートベルトも忘れずに。高鳴る鼓動を車体の振動に乗せ、いざ出発です。
「初めて乗った時の衝撃は今でも忘れられません」サム氏(7)は我々に語ってくれた。「あれはそう、二回目の誕生日のことでした。当時、わたしは四足歩行から二足歩行へと移行していたのですが、その進歩に我ながらすっかり夢中になってしまいましてね。昼間からあちこちうろついてばかりいました。今思えば、よく徘徊老人と間違えられなかったものです(笑)」冗談を飛ばす気さくな氏に、場の空気がほぐれるのを取材班は感じた。
「そんなわたしを見かねた両親が、この車をプレゼントしてくれたのです」右手の指のうち四本を伸ばしてみせ、「四百円。当時基準でもこの値段でしたから、決して安い買い物ではなかったに違いありません。それほどまでに両親のわたしに対する愛情は深かった、というわけですね。ええ、本当に感謝していますよ。彼らの英断がなければ今のわたしはいませんから。で、実際に運転してみたら、これがもう素晴らしかった」
地平線の先まで広がるカーペットの荒野。外宇宙に最も近いと言われる窓際。雄大にそびえる本棚の崖。底知れぬ暗闇が口を開けるベッド下。生涯をかけてもすべてを探索することは叶わないと諦めていたコドモベヤ大陸を、瞬く間に一周してしまったのである。ほんの〇・一秒前まで見ていた景色が後方へとかき消えては新たな景色が立ち現れるさまに、
「もう二足歩行の時代には戻れない。そう思いましたよ」氏の瞳は真剣そのものだった。
今、我々取材班はサム氏のスーパーカーに乗せてもらい、ベッド下沿いを走っている。日々の暮らしの中で皮膚にこびりついてしまった、目には見えない不純物。それらが鮮烈な風に削ぎ落とされてゆく感覚は、まさしく『衝撃』と呼ぶにふさわしかった。
しっかり掴まっていてください。そう告げた氏が突然ハンドルを回すと、急旋回したスーパーカーがベッド下の暗黒空間へと突入した。スタッフから上がる悲鳴。だが、スーパーカーはすぐさま反対方向に旋回することによって、太陽の下に無事帰還してみせた。粋な悪戯心に、いったんは止まったスタッフの心臓もくすくすと笑い出す。
さあ、もう一度いきますよ。再びベッド下に突入したスーパーカーだが、ここで恐るべき事態が起こる。進行方向の暗闇に、何者かが卑劣にも罠を仕掛けていたのである。袋状の罠にフロントから勢いよく潜り込んでしまったスーパーカー。車体をバックさせようと必死で運転する氏だが、罠の内側に潤滑油が塗りたくられているらしく、まるで動かない。
やむを得ずスーパーカーから下りた我々の前に、巨大な怪物の影が立ち塞がる。その恐るべき正体とは! 探検隊の運命やいかに! 次週、さらなる衝撃を見逃すな!
「ただいま……ってあら?」お母さんが買い物から帰ると、サムが猛烈な勢いでしがみついてきました。涙目の息子に引っ張られて子供部屋に入ったお母さんが見たものとは、
ベッドのそばに転がるスナック菓子の空き袋と、そこからはみだした鼠の尻尾でした。
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