4(2024.1.8)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから、風船の入った袋を手に取りました。カラフルな、ごくありふれた風船です。手始めに、黄色い風船をひとつ袋から取り出して、ぷう、と息を吹き込みました。まあるく膨らむ風船に、サムもまあるい笑顔になります。

 ぷう(水色)、ぷう(紫色)、ぷう(また黄色)、を繰り返し、最後にひときわ大きく膨らませた風船を手放すと、室内はすっかり風船でいっぱいの海と化しました。水位はサムの腰にまで達し、風船同士の擦れる音がカモメの鳴き声のように耳をくすぐります。

 大きく息を吸って、吐いて。乱れた呼吸を整えてから、ばしゃんと海に飛び込みました。

 そこに広がるのは原色の世界です。澄み渡る水色、神秘的な紫色、さんさん眩しい黄色。どんな南国にも勝る鮮やかさ。水圧が強く、絶えず手足を動かさないとあらぬ方向へと弾かれてしまいますが、子供は風船の子、元気の子なので心配無用です。

「兄ちゃんや、そこの兄ちゃんや」しばらく泳いだ後、ベッド島の浜辺で休憩しているサムに、水面から顔〔要出典〕を出したフウセンクラゲが声を掛けてきました。

「もっと楽しい遊びを教えてやろうか」フウセンクラゲの誘いにサムが頷くと、彼〔要出典〕は手近な風船のうち、水色のものと黄色のものを、両手〔要出典〕にひとつずつ掴みました。「耳を塞ぎな」それらを、シンバルを叩くように勢いよく衝突させました。

 小気味良い破裂音がして、あら摩訶不思議、先ほどの風船は消え、代わりに緑色の風船が現れました。目を輝かせるサムに、「これだけじゃないぜ」とフウセンクラゲは別の風船を掴んでは次々に破裂させます。すると、黄色と紫色からは赤色、紫色と水色からは青色の風船が、それぞれ錬成されました。

 興奮するサムの様子を笑って〔要出典〕眺める〔要出典〕フウセンクラゲでしたが、最後に真顔になる〔要出典〕と、こう告げました。「絶対に、三色すべてを同時に割るなよ」

 フウセンクラゲが海中に帰ってから、サムは一人気ままに風船を割って遊びました。新たに錬成した風船同士を割ると、最初のいずれかの色の風船に変わることも発見しました。例えば、赤色と青色の風船からは、紫色の風船ができました。

 しかし、やがてそれにも飽きてしまいました。泳ぎ直そうにも、はしゃぎ過ぎで体力が残っていません。あと試していないのは、そう、三色の同時破裂です。フウセンクラゲの忠告が脳裏に浮かびましたが、子供は瘋癲の子、禁忌の子です。やめろと言われてもやるのです。

 耳たぶで耳に栓をしてから、水色と紫色、黄色の風船をまとめて両腕で抱え込みました。思い切って力を入れて、一気に割ると、後には黒い風船がひとつ。

 なあんだ、大したことないじゃないか。ほっとしたサムが立ち上がった拍子に、風船が手から滑り落ちました。音もなく割れると、どろりと濁った瘴気が中から溢れ、風もないのに海へと流れ、触れるや否や他の風船を破裂させ、それらもまた黒い風船と化して即座に破裂し、やがて風船が尽きれば行くあてを失った瘴気が空にたちこめ、遂に視界を覆い尽くす。

 ベッドで何やら魘されているサムにそっと毛布を掛けてから、お母さんは散らかった風船をゴミ袋に入れる作業に取り掛かりました。

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