3(2024.1.3)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから恐竜のフィギュアをひとつ、手に取りました。サムの小さな掌では到底収まらない大きさの、角が立派なトリケラトプスです。カーペットの上に置くと、トリケラトプスはのそのそと繊維を食み始めました。

 サムは、続いてトリケラトプスの子供達をおもちゃの山から発掘し、親のまわりに置きました。すると、親ケラトプスの真似をしてめいめいに食事を開始しました。

 そんな穏やかな白亜紀の昼下がりを乱すように、不穏な影が接近してきます。

 それは一台の青い観光バスでした。草の比較的少ないあたりに停車すると、中からラインマーカーを持った運転手が現れました。バスをぐるりと囲むように地面に長方形を描き、後輪の後ろに手近な石を置くと、彼は車内へと戻っていきました。エンジン音が止まりました。

 バスガイドに率いられて、観光客がぞろぞろと下りてきました。最後尾にはサムがいます。

「白亜紀は現代に比べて温暖な気候です」バスガイドが三角形の小旗を振って解説します。「そのため、動物・植物を問わず様々な生物が豊かに、そして大きく育ちました」

「わあ、この子かわいい。ねえねえ、持って帰って飼ってもいい?」ドレスを着た幼い女の子が、近くに寄ってきた一匹を抱きかかえました。

「おやおや、駄目ですよ。生態系を乱してはいけません」バスガイドがすかさず窘めます。

「そうよ」女の子の母親も同意します。「税関に引っかかるわ」

「ちえっ」と女の子は成猫ほどもある大きさの蚤を手放しました。

 蚤は周囲をきょろきょろ見渡すと、観光客の一人に素早く跳び付きました。

「があっ」全身の血を吸われた男性がたちまちミイラになりました。

 それを合図に、四方八方から蚤が現れ、他の観光客へと襲い掛かりました。

「ぎいっ」「ぐうっ」「げえっ」「ごおっ」一帯に転がる新鮮なミイラ。逃げ回るサム。

「白亜紀は二酸化炭素濃度が高いため、少し息苦しく感じるかもしれません。ではここで、酸素吸入の時間です。オリエンテーションでお配りした酸素ボンベはお手元にありますね?」返事がないのを訝しんだバスガイドが振り返ると、なんと親ケラトプスがいつの間にか出現したティラノサウルスと死闘を繰り広げているではありませんか。

「皆様ご覧ください。貴重な戦いの場面です。長年この仕事を続けている私ですら滅多にお目にかかれない場面です」興奮し、急いで酸素ボンベを口に当てるバスガイド。

「すごいわ」女の子がキンキンした声で叫びました。「わたし、空を飛んでる」女の子の遥か下、地面に転がるボンベには『O2』ではなく『He』との文字が刻まれています。

「いけない」女の子の母親が空に向けて叫びました。「航空法に引っかかるわ」

 血の吸い過ぎでぱんぱんに膨れた蚤を子ケラトプスが角先で突っつくと、ぱあん、と目の覚めるような音とともに弾け跳びました。

「まあ」夜、お風呂上がりのサムを見たお母さんが叫びました。「どうしたのその背中」

「名誉の負傷だよ」点々と赤く腫れた背中をサムが自慢します。「白亜紀を生き延びたのさ」

 お母さんは、子供部屋のカーペットを丸めて洗濯機へ放り込みました。

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