22(2024.5.13)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから帽子をひとつ、手に取りました。黒くてケーキみたいな形のシルクハットです。
さっそく被ってみました。姿見の前に全身を映すと、あらま、ちょっぴりおしゃれさん。
唐突に、頭が重たくなりました。つむじの上で何かが暴れています。シルクハットを取ると、そこには一羽の白い鳩。一声鳴いて羽ばたくと、窓からサッと飛び去りました。
これは奇妙だ。シルクハットの内側を調べるサム。すると、奈落めいた暗がりの底に、丸石みたいな塊が大量にへばりついているではありませんか。これは異様だ。
「鳩の卵だ」コドモベヤ州立大学帽子学科のハットトリック教授が、研究室を訪れたサムに言いました。世界中から蒐集した帽子の剥製に囲まれて言うには、「近頃、鳩の間で、帽子に卵を産むのが流行っている。柔らかくて温かいし、何より外敵が少ない。巣として真に理想的といえる。より多くの事例が集まり次第、私はこのことを学会で発表するつもりだ」
これでは、卵がすべて孵るまで、シルクハットが役立たずです。肩を落とすサムですが、その時、妙案が浮かびました。にやり。
地方を町から町へと渡り歩く、手品サーカス団。その魔法をひと目見んとテントへ詰めかけた田舎者たちを前に、優雅にお辞儀してみせたのは燕尾服姿のサムです。
「今日も大成功だ」終了後、控室で汗を拭くサムに団長が声をかけます。むきだしの札束を渡して、「君の活躍で公演回数も増やせた。来年もよろしく頼むよ」ニカッと笑う金歯。
上機嫌の団長を見送るサム。その背中を冷や汗が伝います。シルクハットに視線を落とすと、そこにはもう卵はひとつも残っていませんでした。
「おおい、とうとうこの町にもサーカスが来たぞ。あんたもどうだ?」伝書鳩牧場に勤める老人は、友人達の誘いに「ちょい待っとれ」とだけ答え、我が子のように愛する鳩たちへの餌やりをきっちり終わらせました。「すぐ戻るからな。全羽、良い子で待ってるんだぞ」
友人の運転するジープの荷台に乗り込む老人。遠ざかるエンジン音。鳩だけが喋る小屋。そこに忍び込む影めいた燕尾服。網のようにその手に携えるは真っ黒い帽子。
「さあ、本日の大トリを務めますは、当代一の鳩使い、サム!」すっかり有名人のサムを万雷の拍手が迎えます。昨日までに比べて重量の増えたシルクハットを左手に提げ、右手に持ったキャンディケインでコツコツ叩くと、逃げるように飛び出したのは灰色の鳩。
「灰色?」「いつもは純白だって聞いたけど」「気のせいかしら」拍手しながらも戸惑う人々を余所に、鳩は観客席の最後方にいるひとりの老人の胸へまっしぐら。
「どうしたんだ、お前……おや、この模様は……ピジュリー?……そうだ、儂のピジュリーじゃないか! 卵と同じ模様だから間違えようもない。なんでこんなところに……?」それを聞いてざわめく会場。「まさか……」一斉に注がれる視線の先に、サムの姿はすでに無し。
かろうじてテントから脱出し、狭い路地裏を駆け抜けるサム。零れた紙幣が外れ馬券のように宙を舞い、燕尾服はびりびりに破け、下からよれよれのシャツと半ズボンが現れました。
子供部屋にへたりこんだサム。その手には、結局、シルクハットしか残りませんでした。
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