23(2024.5.20)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこからネクタイをひとつ、手に取りました。青地に縞模様をあしらった蝶ネクタイです。

 さっそく付けようとしたところ、蝶ネクタイはひとりでにパタパタはばたき、サムの手を離れ飛び立ちました。不安定な軌道を描いて、鬱蒼と茂った森のなかへ消えてゆきます。

 困ったぞ。眉が下がるサム。これでは今宵のパーティーに参加できないじゃないか。

「想像してごらん」弦の張られていないギターを抱えた吟遊詩人が通行人に歌いかけます。「記念撮影でただひとり、蝶ネクタイなしで写る男の姿を」

「紳士の恥だわ」顔をしかめた御婦人方が、サムの部分だけを鋏で切り取って捨てました。

 サムは虫取り網片手に、蝶ネクタイを追って森へと駆け出しました。

 初夏の森は一面が緑色です。葉天井の下でがさごそと、小動物や虫がたわむれる音が聴こえます。そこに重なるサムの足音。網が葉を叩く音。枝に足を取られて転ぶ音。ううう。

 鼻血と涙を拭った顔を上げると、少し離れた先で、樹の根元へと消える蝶ネクタイが。駆け寄ると、根と根の間に隙間がぽっかり。サムは網を置いて、頭から地中に潜りました。

 土のトンネル、うねってくねる。腕はミミズで、足はヘビ。頭が下で、尾っぽが上だ。

 ようやく抜けた先はドーム型の地下広場でした。ひんやり湿って肌寒く、あちこちで苔が照明代わりにぼんやり光っています。サムの目の前を、乾燥した枝を幾本も束ねたような造形の人間が通り過ぎました。周囲でも、同じ外見の者どもが何人も忙しなく動いています。

 サムは枝人間のひとりに訊ねました。ここはどこなんだい?

 やすりを擦ったような声で枝人間が答えました。養蝶場ダ。

 言われてみれば、壁を削って作った棚には布製の蛹が等間隔で並び、地面の窪みには布製の卵がいっぱいに詰まり、枝を組み合わせたケージでは無数の布幼虫がうごめいています。

 サムは続けて訊ねました。青地に縞模様の蝶ネクタイを見かけなかった?

 ソンナノ、ココニハ幾ラデモイルカラ、勝手ニ探セ。アア、忙シイ忙シイ。

 ケージを開けて入る枝人間A。全身に引っ掛かった布切れを幼虫たちに喰わせ始めました。布と一緒に噛み切られ、バラバラばらける枝人間A。それを枝人間Bと枝人間Cが箒で掻き出し、回収してゆきます。ここから新たなケージや箒が作られるのでしょう。

 ドームの中央まで来たサム。天井からは、ミラーボールに似た巨大な球体が吊り下がっており、そこに無数の蝶ネクタイが群がっています。見上げるサムの口に、ミラーボールから垂れてきた蜜がぽちゃん。ハッカのように鼻を抜ける味。なるほど、あれは樟脳です。

 サムは頭上へ呼びかけました。おおい、刺繍がほどけてるぞ。縫い直すからこっちへ来い。

 すると、蝶ネクタイが一斉にサムの元へと舞いおりてきました。一匹ずつ裏返して、腹に縫われた名前を確認します。アブラハム、違う、アンドレ、違う、ユリ、違う……。

 最後に残った一匹の名は……サム。これだ! 快哉を叫ぶ主人。もう逃がさないぞ。

 蝶ネクタイをしっかり首に付けて勇み足で出口へと向かうサムを、枝人間の誰も気に留めません。壁に刻まれた文字は《納期:明朝、造花から朝露が落ちる刻》。

 地上へ帰還し、いざパーティへ。浮き立つサムを、寸前で呼び止める声。「晩ごはんよ」

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