24(2024.5.27)
それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから付け髭をひとつ、手に取りました。ふさふさとボリューム満点の付け髭です。
装着してみたものの、どうにも毛量が多すぎます。童顔で知られるサムのお顔がすっかり隠れてしまいました。あたかも首から上だけを原始人とすげかえたみたいです。きっと原始時代では今頃、首から上がサムの原始人がマンモスを狩っているに違いありません。
鏡に映るサム。その背後の窓を開けて、原始人が室内に侵入してきました。首から上も下も正真正銘の原始人です。仰天したサムが振り向いても、そこには普段通りの部屋があるだけ。けれども、鏡の中には確かに原始人がいて、サムの目と鼻の先に立っているのです。鏡面越しでなければ鼻息すら感じられたことでしょう。
原始人が唸りました。掴んでいた獲物――耳から翼を生やしたマーブル模様の大鼠――を差し出しました。原始人の頬がほんのり赤いのをサムは見ました。睫毛の長い雌でした。
ごめんなさい。サムが付け髭を外すと、原始人はうなだれて窓から去ってゆきました。
サムは付け髭を整えることにしました。ハサミでざくざく切ってから装着しました。多少は短くなったものの、相変わらず顔全体を覆う毛量です。まるで古代の哲学者のよう。
鏡に映った窓を開けて、彫りの深い顔立ちの男たちが侵入してきました。一枚の大布を体に巻いただけの彼らは、やはり鏡の中にのみいます。彼らはサムに向かって呼び掛けました。
「師よ、とうとう見つけましたぞ」「どうか急ぎ広場へお戻りください」「今日こそは万物の真理を教えていただきたく」「弟子たちはとうに全員集合しています」「さあ」「さあ」
人違いだ。サムが付け髭を外すと、男たちたちは溜息とともに窓から飛び降りました。
サムは付け髭をふたたび整えます。もっと大胆に切り刻んでみましょう。顎髭や頬髭はすっかりなくなり、鼻の下の髭だけがちょびっと海苔みたく残りました。まるで軍人です。
鏡の向こうの窓を開けて、兵士たちが靴音を鳴らして侵入してきました。彼らはサムの前で整列すると、姿勢をビシッと正してから、右手を斜め上方へ向けて一直線に挙げました。
彼らがなにか言う前に、サムは付け髭を外しました。怒った兵士たちが銃を構えて一斉に撃ちました。弾丸はみな鏡面で跳ね返り、鏡の向こうは兵士だったもので散らかりました。
付け髭をみたび整えるサム。できあがったのは、左右に細長く、先が上に向かってカールした髭です。芸術家が手掛けたかのような奇妙な造形をしています。
いつの間にやら、鏡の世界の空が赤く染まっています。そこからこちらを覗くのは一頭の象。それは、ナナフシじみた極端に細長い脚を室内に挿し込んできました。壁の時計に爪先が触れました。時計はたちまちバターのようにとろけてベッドシーツにこびりつきました。
やめろ。サムは付け髭を象の脚めがけて投げつけました。象はすごすごと退散しました。
なんだか疲れたサム。付け髭をぽいっと放り捨てました。床に落ちた髭は、毛から六本の脚を形成すると、鏡の中へと潜り込みました。そして助けを求めるように鳴きました。
窓から、巨大な毛の塊が室内に侵入してきました。子髭をいじめた人間を探して毛を血走らせています。鏡には映っていません。それは、サムがいる側の部屋に現れたのでした。
帰宅したお母さんは、毛だらけの床でウンウンうなされているサムの寝姿を見ました。
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