25(2024.6.3)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから輪投げを一組、手に取りました。カラフルな輪と正方形の輪投げ台のセットです。輪投げ台には①から⑨までの数字が書かれ、各々から同じ長さの棒が生えています。
輪投げ台を壁際に置くと、サムは離れたところで輪を構えました。狙いをしっかり定めて放たれた赤い輪は、空飛ぶ円盤のような軌道を描いて①の棒へと無事に着陸しました。後に続いた青い輪は⑤、黄色い輪は⑨に入り、台の斜め一列に輪が揃いました。
「ビンゴ!」部屋の扉がいきなり開き、派手な格好の人々が入ってきました。バッハ風のカツラを被った中年男性や、ピンクのコルセットドレスを着用した婦人などです。水色と黒の縦縞スーツを着た男性が、「一列揃えたのでボーナスチャンスです! チャレンジに成功するとより多くの得点、そして名声を獲得できます!」と叫び、二枚の板を両手に掲げました。
右手の板は《挑戦する》。左手の板は《挑戦しない》。異なる文字が刻まれています。
サムは迷うことなしに輪を投げました。板の中心を輪が綺麗に射貫いた結果、
右手の板は《挑 る》。左手の板は《挑戦しない》となりました。
人々がサムに惜しみない拍手を送ります。「さすがは一流の選手だ」「勇敢なお方」
「こちらをご覧ください!」縦縞スーツが扉を再度開けると、廊下の突き当りの壁からベルトコンベヤーが生えていました。ベルトコンベヤーは廊下と階段に沿って伸びており、延々と稼働しています。「これから流れてくる棒に、輪をできるだけ多く命中させてください! それではスタート!」叫ぶやいなや、棒がベルトコンベヤーに乗って流れてきました。
動く的を狙うのは初めてです。緊張からゴクリと唾を飲みました。さっき以上に慎重に狙いを定めて、定めて、ああもう通過してしまいそう……今しかない、そらっ!
「なんと、一回目から命中!」沸きあがる縦縞スーツと観客たち。サムが投げた輪は綺麗に棒に入り、そのまま階下へと消えてゆきました。「ですが、これで終わりではありません!」間隔をさほど開けずに次から次へと棒がやってきます。
狙って、狙って……それっ! リズムを刻んで、刻んで……そりゃっ!
「また命中! さらに命中! お見事と言うほかありません!」かいた汗がすぐさま蒸発するほど興奮する人々。「これは輪投げ史に残る重要な日になるぞ」「感激だわ」その間にも、サムは輪を全弾命中させ、大量の棒と輪が組を作ってどこかへ運ばれてゆきます。
「さあさあ、どこまで記録を伸ばせるのでしょうか!」周囲の盛り上がりとは対照的に、サムは戸惑っていました。かれこれ五十回は輪を投げ、そのすべてを命中させたにも関わらず、チャレンジが終わる気配が一向に見えないのです。腕が疲労を訴えています。もしかしたら、失敗するまで続くタイプのゲームなのではと思い、わざと適当に投げてみました。輪は飛んでいる最中に不自然なカーブを描くと、棒に命中しました。サムの顔が青ざめました。
「ほらほらどんどん次が来る!」声高に煽りながら、縦縞スーツはイヤホンから流れる音声に耳を傾けてほくそ笑みました。『現在の出荷数は九十三、販売数は八十五、売上額は……』
『次のニュースです。■■工場にて不正が……』夕食時、テレビが工場を映した瞬間にサムは画面を消しました。「どうしたの一体。……あれは悪いところだ? まあそうだけど……」
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