サムズ・デイズ
間貝瞑
1(2024.1.1)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからスーパーボールをひとつ、手に取りました。サムの小さな掌にちょうど収まる大きさの、真っ赤なスーパーボールです。床と水平になるよう腕を伸ばして、握っていた指をそっとほどくとスーパーボールは静かに落下しました。床に当たって垂直に跳ね、サムの手の中に帰ってきました。
利口なやつめ。サムはにっこりと笑います。
お次は、壁に向かって投げてみました。
壁に当たってワンバウンド、床に当たってツーバウンド、サムに当たってスリーバウンド。
不届きものめ。サムはおでこをさすります。
壁と言わず天井と言わず、スーパーボールは室内を自由奔放に跳ね回っています。
「今、この家で最も勢いに乗っているのは誰だと思いますか?」インタビュアーが通りを歩く人々に訊ねたところ、
「スーパーボール」なんと、老若男女を問わず全員が同じ回答を口にしたではありませんか。
「サム? 昔そういうのもいた気がしますけれど、もう時代遅れですよ。スパちゃん最高」
許せん。無礼な発言をした若造にマイクを投げつけてサムが叫びます。
スーパーボールのすばしっこい動きを目で追いながら、床に転がる布製のバットをさっと拾い上げます。両手で握り、四番バッターのように堂々たる姿勢で構えました。
さあ来い。壁から放たれた剛速球に向けて、サムはバットを勢いよく振りました。
ストライク。またストライク。もう後がありません。場内のファンから溜息が漏れます。
けれどもサムは諦めません。この逆境を乗り越えてこその国民的選手なのです。
七年間のキャリアを賭けた、渾身の一振り。
バット越しに確かな手ごたえがあり、スーパーボールは開いていた扉から廊下へと跳び出しました。ぽんぽこぽんと階段を駆け降りる音が聞こえます。場外ホームランです。
沸き立つ球場をよそに大慌てでその後を追うサムでしたが、時すでに遅く、リビングではスーパーボールが暴虐の限りを尽くしていました。写真立てがカタンと倒れ、壁掛け時計がカシャンと落ち、蛍光灯がガシャンと割れました。
虫取り網を持って追いかけるサムと、嘲笑うかのように彼の脇をすり抜けるスーパーボールの鬼ごっこ。それでもとうとう、スーパーボールが玄関まで追い詰められる時がやってきました。最後はやっぱり正義が勝つのです。窮屈な空間で悪あがきをする悪党に、
覚悟しろ。そう叫んで虫取り網を振り下ろしたと同時に、玄関の扉が開きました。
現れたお母さんの頭を網がすっぽりと覆いました。両手に提げた重たそうな買い物袋が、いやにゆっくりとした動きで床に落ちました。お母さんの背後では、外の世界への逃亡に無事成功したスーパーボールの背中がどんどん遠ざかっていきます。
網の中から声がしました。「覚悟はできているかしら?」
「いいえ」
その日は、よく晴れていたというのに落雷が観測されたそうです。
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