11(2024.2.26)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから、エアホッケーを一式、箱に入った状態で持ち上げました。魚のキャラクターが描かれたパッケージを開けると、中にはテーブルとマレット、パックが一通り入っています。
テーブルを床に置いてからスイッチを入れると、ブウウウウン、という振動とともに、白いステージの表面全体から微量の空気が絶え間なく吹き出してきました。
「とうとうこの日がやってまいりました。第七回・全子供部屋エアホッケー選手権、決勝」蝶ネクタイをつけた司会が意気揚々としゃべります。「実況はわたくし、サムが務めさせていただきます。また、解説には、初代優勝者であるサムさんをお呼びしております」
「よろしくお願いします」司会の隣に座る、頭にネクタイを巻いたサムが挨拶しました。
「今年は、歴代最多となる三十二名の選手が出場しましたが、ここまでどうでしたか」
「そうですね。あの、第一回が八名だったことを思えばですね、競技の人気が年々高まっている、それ自体も素晴らしいのですが、それだけではなくてですね、選手一人一人の技術、その、言うなればテクニックがですね、着実に向上しているという、それが、一競技者としては非常に嬉しく、何より嬉しいところなんですね。あとですね、これは私がですね、」
「おっと、もう試合開始のお時間です」解説をさえぎって、「では、改めまして」コホンと軽く咳払いをしてから、「決勝戦。サム選手VSサム選手!」高らかに叫びました。
一万人のサムからなる観客の、興奮による悲鳴が会場中に響き渡りました。
広々としたドームの中央に設置されたテーブル。そこには、東側の陣地にサムの右半身、西側の陣地にサムの左半身が、それぞれ立っています。臨戦態勢の両者が拳を突き出し、
じゃん、けん、ぽん。厳正なる判定の結果、サム(左半身)が先手をとりました。
テーブルの表面すら削りかねない鋭さで、パックを打ち込んだサム(左半身)。正確無比な角度で壁に反射し、相手のゴール目掛けて襲いかかるさまはまさしくライオン。ですが!
サム(右半身)も負けてはいません。軌道を見抜いた上でパックを弾き、それが自陣を離れる前に、ゴリラ同然の豪快さでもって打ち返しました。ところが!
「おおっと、ここで転倒! サム選手、転倒です!」勢いを充分に殺しきれなかったのでしょうか、サム(右半身)が体勢を大きく崩してしまったのです。片手片足しかない身では簡単に立ち上がることもできず、床の上で虚しくもがくばかり。
「これは勝負あったか……おや!」司会が再び叫んだのも無理はありません。というのは、サム(左半身)もまた、最初の打ち出しの後に勢い余って転んでいたからです。
絶妙にゴールから外れてカンカン動き続けるパック。
絶妙にバランスをとれずにじたばたともがく選手達。
絶望的な顔で、金返せと叫んで投票権を破く観客達。
一時休戦。選手二人がやむなく合体してサム(オリジナル)に戻ったその時、
「ただいま……って、一人でエアホッケーやってたの?」お母さんが帰ってきました。
両手にマレットを掴んだままで、サムはお母さんに言いました。「勝負だ」
優勝したのはお母さんでした。解説が言いました。「大人はね、大人げないのですね」
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