12(2024.3.4)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから砂時計をひとつ、手に取りました。小振りでなめらか、どこか上品な趣の砂時計です。掌に乗せて転がすと、ガラスの内側で砂が白くきらめいて見えます。

 かつて、この砂時計をサムにくれた人は言いました。「この中にはね、はるか異国の砂漠が丸ごと閉じ込められているんだ」

「そんなわけないよ」サムは反論しました。「だって、砂漠っていったら、どこを見ても砂だらけの場所じゃないか。これっぽっちで丸ごとだなんてありえないよ」

「そうだね」彼は笑って、「けれども、ここには確かに砂漠が丸ごと入っているのさ」

 時が経ち、サムは目の前の砂時計をそっとひっくり返しました。ふたつの三角形を結びつけているわずかな隙間から、砂が少しずつ下へと零れ始めました。さらり、さらさら。

 すると、砂時計を起点として、子供部屋の床にも砂がじわりと広がりました。それは、栓をした浴槽に水が溜まるのによく似ていましたが、ガラスにはヒビひとつないのでした。

 まだ半分も砂が落ちていないにも関わらず、室内はすっかり砂漠と化してしまいました。何気なく足の位置を変えたところ、ずぶりと踝まで埋まりました。廊下へと続く扉もなかば砂に埋もれ、これでは外へと逃げることもかないません。

 速やかに日が落ちて、あたりは急速に冷えてゆきます。サムはストーブの電源を点けました。ストーブはしばし呻いたのち、熱の代わりに砂塵をぶわあ、と撒き散らしました。

 サムはベッドの上へ避難しました。砂の浸食が少ないそこはあたかもオアシスです。毛布を頭から被り、外した枕カバーで顔を覆うと、寒さはいくらかましになりました。

 砂地の白と、夜空の黒。その狭間を縫う地平線。サムはただぼんやりと眺めました。

 遠くに、ぽつんと小さな点が現れました。点は次第に大きくなり、凸凹した輪郭をまとい、人の姿へと形を整えながらサムのいるベッドへと近づいてきました。

「こんなところに人がいるなんて」襤褸をまとい、杖を突いた彼は、髭もじゃの内側で驚きと歓喜に顔を歪ませました。「どうか、どうか、現地のお方。この哀れな遭難者を助けてはくれないでしょうか」ひざまずき、両手を胸の前で合わせてこちらを見上げる彼に、

 よかろう。サムは乾燥してしゃがれた声で応えました。

 サムは懐を探ると、砂時計を取り出しました。中身の砂はすべて落ちていました。おもむろにひっくり返すと、今度は反対側に時を刻み始めました。さらさら、さらり。

 周囲の砂が、カーペットを引っ張るみたいにして砂時計へと吸い寄せられてゆきます。

「奇跡だ。奇跡の御業だ」驚きと歓喜に顔を歪ませ、両手を一段と強く合わせた遭難者。彼の足元の砂もまた吸い上げられ、尻餅をつきました。

 一粒残らず巻き戻されたのを確認してから、サムは砂時計を遭難者の足元に放りました。

 それはくれてやる。土産にでもするがよい。

 ある日、家にお客さんがやってきました。「サム、ちょっと下りてきて」お母さんの声。

 リビングには日焼け顔の男性がいました。ガラスでできた何かを差し出して言うには、

「この中にはね、はるか異国の砂漠が丸ごと閉じ込められているんだ……」

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