14(2024.3.18)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 お目当てのおもちゃを拾おうと身をかがめた時、背後で扉が勢いよく開きました。部屋に駆け込んできた荒くれ男は開口一番、

「親分が捕まった」と叫びました。

 荒くれ男の案内でサムが広場へ向かうと、そこにはすでに黒山の人だかりができていました。老若男女問わずどよめきながら、ある一点を見つめています。

 広場の中央、高いステージに置かれた巨大な樽。そのてっぺんから、ウイスキー瓶の蓋みたくちょこっとはみでた、髭ぼうぼうの男の首。まぎれもなく海賊団の船長です。

 見物人の一人が言いました。「奴さん、とうとう捕まっちまったんだなあ!」

 八百屋の店主が言いました。「俺ら商人には、案外いい客だったんだがなあ」

 魚屋の従業員が言いました。「新鮮な魚をたくさん売ってくれたんだけどな」

 酒場の看板娘が言いました。「五回に一回、ツケをまとめて払ってくれたわ」

 靴磨きの少年が言いました。「靴を磨いたら、見たことのない石をくれたよ」

 こじきの老人が言いました。「残りものを、儂らにいつも恵んでくださった」

 野良猫が鳴きました。「にゃあ、にゃあ」店先の魚を咥えて駆け出しました。

「こらまて」魚屋の従業員が野良猫を追いかけようとした時、町長が役人たちを率いてステージ上に現れました。民衆を見下ろした彼は厳めしい声で、

「これより処刑を開始する」と宣言しました。

 町長の前に、小さな穴の開いた木箱が置かれました。手を突っ込んで中身をひとしきり掻き回してから、一枚の紙片を取り出すと、そこに書かれた名前を読み上げました。

 呼ばれた見物人がステージに上がり、手渡された剣を樽におそるおそる突き刺しました。

 船長の表情に変化がないのを確認すると、町長は、木箱から別の紙片を取り出しました。

 八百屋が、魚屋が、看板娘が、靴磨きが呼ばれ、処刑への参加を強いられました。こじきは戸籍登録がないため呼ばれず、人々から羨望の眼差しを浴びました。

 やがて、樽はどこもかしこも無数の剣で飾られました。けれども船長は眉ひとつ動かさず、口の端からは血の一滴も流れませんでした。

「最後の一枚だ」町長は二つに折られた紙片を開きました。「サム。壇上へ」

 サムの手に剣が渡されました。握った両腕がぷるぷる震えました。樽の周囲をぐるりと回り、かろうじて刺せるだけの隙間が一箇所だけ残っているのを見つけました。かつて、通りすがりにお菓子をくれた船長に、サムは理不尽にもすがるような視線を向けました。

「構わん。やれ」よく響く声で、彼はそう告げました。

 サムは目を固くつむり、剣を一息に突き刺しました。刃が柔らかい木材を貫き、その奥の何かに当たった感触が金属越しにも伝わってきました。

 びよよよよ~ん。場違いに間の抜けた音がして、船長が天高く打ち上がりました。

「やられた」慌てふためく町長たちに、嵐のような高笑いが降り注ぎました。「あばよ!」

「今日のおやつはカステラよ」部屋に入ってきたお母さんとぶつかり、船長は墜落しました。

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