17(2024.4.15)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこからスコップを一本、手に取りました。軽くて便利なプラスチック製のスコップです。

 サムはカーペットをめくりました。そこには、壊された床板と、その下で剥きだしになった土が、クレーターみたいな凹みを形作っていました。土の匂いがあたりに漂いました。

「さあ野郎ども、取りかかるぞ」ひと目でやくざ者と分かる男が酒焼け声でそう告げると、

「ああ」「おうよ」「よっしゃ」子分の荒くれ者たちも口々に気合を入れました。彼らの手にもスコップが握られています。件の穴のもとへ集まると、一斉に掘り始めました。

 ここは囚人達の暮らす牢屋です。扉は厳重に鍵が掛けられ、外では看守の靴音が波のように近づいては遠ざかります。鉄格子の隙間から注がれる月光のほかに明かりはありません。

「手を休めるんじゃあねえぞ」違法キャベツを栽培し、中身の赤ん坊を密売したのが発覚して逮捕された囚人長は、虱だらけの毛布を重ねた特製ソファから子分を叱咤しました。「脱走できるチャンスは今夜だけだ。看守どもにばれたら良くて電気椅子、悪くて実験動物だ」

「実験動物の方が死ぬより悪いのかよ」看板泥棒で捕まった囚人Aが疑問を呟くと、

「あたぼうよ。あんたはここに来たばかりだから知らねえだろうが」ラッコ偽造罪で逮捕された囚人Bが、「以前、看守を殴って実験室送りになった奴がいた。一週間後に出てきた時、どうなってたと思う? 奴さん、全身の皮膚がずるずるに伸びきって床まで垂れてたぜ」

 囚人Aは身震いをひとつして、その後は黙って穴掘りに没頭しました。

 サムもまた、黙々と穴を掘っていました。気付けば随分と深いところまで潜っていました。掬った土は穴の周囲に投げ積まれて山を築き、それが穴の深さをいっそう際立たせました。まわりの囚人たちも含め、簡単には地上へ戻れそうにありません。汗を袖で拭い、スコップでもうひと掘りすると、カン――と、これまでとは明らかに異なる金属質な音と手応えが。

「なんだそりゃ」囚人たちが集まってきました。複雑な装飾の施された重たい箱でした。銅像改造罪で逮捕された囚人Cが、死んだミミズを針金代わりに用いて錠前を解除しました。

 箱の中には、金貨に銀貨、銅貨がみっちり詰まっているではありませんか。

 沸き立つ牢屋。「寄越せ」群がる囚人。「俺が先だ」押し合い「こっちが先だ」へし合い「なんだと」掴み合い「上等だ」殴り合い。サムは集団の外へと乱暴に突き飛ばされました。

「全部だ、全部寄越せ」猛烈な速さで穴へと下りてきた囚人長が、子分たちを殴りつけて硬貨を奪い、片っ端から丸呑みにしました。「金貨が美味え、銀貨も美味え、銅貨も、」

「貴様ら、何をしている」騒ぎを聞きつけた看守が穴の上からこちらを覗き込みました。象頭の看守は、散乱したスコップと硬貨を見て、小さな眼を更に細めました。

「逃亡を試みたのみならず、刑務所の隠し財産まで奪おうとは」ホースのように垂れた象鼻から、水が穴めがけて凄まじい勢いで噴き出しました。「一匹残らず水責めだ」急速に上がる水位。硬貨の重みで思うさま動けない囚人たちは、たちまち溺れて動かなくなりました。

 ただ一人、硬貨を持たないサムだけが床上まで浮かんできました。震えるサムに、

「お前は殺さない」看守はパオパオ嗤いました。「ちょうど子供の実験体が欲しかったのだ」

 お母さんが帰ってくるまで、サムは刑務所の暗い廊下を延々と引きずられてゆきました。

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