18(2024.4.22)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから紙コップを一個、手に取りました。埃を被ってはいますが未使用品です。

① コップの底に穴を開けます。      ② 穴に外側から糸を通します。

③ 楊枝を折って糸を結びます。      ④ 楊枝をコップに固定します。

⑤ 反対側も同じようにします。      ⑥ 糸電話が出来上がりました。

 サムは、受話器の片方を窓の外めがけて力いっぱい投げました。白い受話器は水平方向に一直線に飛び、足元では長い糸が蛇の鳴くような音を立てて外へと吸い込まれてゆきます。手元にあるもう片方の受話器に、ぴん、と軽く引っ張られる感覚がしたのを最後に動きは止まり、設営が完了しました。電線のように青空を区切る糸、それはサム専用の電話線です。

 サムは受話器を口に当てました。もしもし。それだけ言って、受話器を耳に当てました。

 木々のざわめきが遠くでかすかに聴こえます。誰も受話器に気づいていないようです。

 サムは受話器を口に当てました。もしもし。もう一度言って、受話器を耳に当てました。

 風の囁きが遠くでかすかに聴こえます。やはり誰も受話器に気づいていないようです。

 サムは受話器を口に当てました。応答せよ、応答せよ。そして受話器を耳に当てました。

 青空が雲の流れる速さで夕焼け空へと移ろいました。それでも答える声はありません。

 虚しくも釣果ゼロ。サムは溜息をついて、受話器を耳から外そうとしました。その刹那、

 もしもし。こちらへ語りかける声が、糸を震わせ鼓膜を震わせ、確かに聴こえました。

 サムは急いで受話器を口に当てました。もしもし。こちらはサム。君は誰?

 わたしはアニー。鈴を転がすような声が答えました。ねえ、これっていったい何なの?

 電話さ。―――― デンワ? 初めて聞く言葉だけど……。

 遠くの人と話ができる道具さ。僕らが今こうしているみたいにね。―――― 不思議!

 そっちはどこ? なんて町? ―――― ■■■■。

 なんだって? ―――― ■■■■よ。

 どうも通信が乱れているみたいだ。 ―――― へえ、ペットを飼ってるのね。名前は?

 なんだって? ―――― ペットの名前はなんていうの?

 ペットなんか飼ってないよ。 ―――― でも、あなたの後ろで鳴き声がするじゃない。

 鳴き声? ――――(軽く喉を鳴らすような音)

 そんなのいないよ。にしても、鳴き真似が上手いんだなあ! ―――― 何も言ってないわ。

 今やったじゃないか。――――(低く喉を震わす音)だから、何も言ってないのよ。

 でも、今だって、 ―――― なんだか気味が悪いわ。ねえ、わたしもう帰らなきゃ。

 待ってよ、もっとおしゃべりしようよ。―――― じゃあね。(木々のざわめき。風の囁き)

 待ってったら。……ちえっ。つまんないの。―――― (耳元で響く唸り声)

 え? ――――(水気を含んだ荒い呼吸)(何かが千切れる音)(ノイズ)

(通話終了)―― ――(通話終了)

「もう、駄目じゃないのサム」野菜を冷蔵庫へしまうのもそこそこに、お母さんがサムを叱りました。「糸をこんなに長く窓から垂らして。近所の野良犬が咥えて遊んでたわよ」

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