16(2024.4.2)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから折り紙を一束、手に取りました。さらにそこから、水色の折り紙を一枚、選んで抜き取りました。青空のようなオモテ面と雲のようなウラ面が一体となって綺麗です。
慣れた手つきで山折り谷折り。あっという間に紙飛行機のできあがりです。
仕上がり具合にほれぼれするのもそこそこに、サムはいそいそ操縦席に乗り込みました。
魔法の呪文を唱えましょう。三、二、一、『発進』。
スウ――。無音という名の音をたてて、前進する紙飛行機。先端が斜め上へと向いた直後、たちまち機体が宙に浮き、気付けばサム・イン・ザ・スカイ・ウィズ・エアークラフト。
雲を貫き、風に肌を洗われ、七年に一人の天才パイロットは気ままな空の旅を続けます。燃料切れの心配は無用です。元々積んでいませんからね。
コクピットの操縦画面でも、ちょうどコマーシャルが流れています。『空気で作られ、空気で動く。近未来型エンジン《クウロン》登場』もっともサムは、一分ごとに挿入されるコマーシャルに正直げんなり。スポンサー品はこれだからいけない。
下方に島が見えました。興味を持ったサムは、速やかに島の端へと着陸しました。
砂が鳴り、海がせせらぎ、森がそよいでいます。自然一〇〇パーセントの光景です。
無人島だ。サムが思わず口にすると、森の奥からガサゴソ音がして、
「ムジントウ チガウ」獰猛なる野生の言語で返事がありました。日に焼けた肌のあちこちに奇怪な紋様の入れ墨を施した、ひと目で何らかの部族と分かる屈強な老人が姿を現しました。その背後に、彼の子分たちがずらりと隊列を組んで並んでいます。
「オマエ ノ ヒコウキ トテモ ヨイ。ステキ。カンゲイ」長老らしき男が言いました。
なんだ、意外と見る目があるじゃあないか。サムは胸を張りました。
「カンシャ カンゲキ アメアラレ」長老の声と同時に、部族たちがバケツリレーを開始しました。長老の手に木製のバケツが渡ると、彼は中身を勢いよく紙飛行機に向かってぶちまけました。ずぶぬれ、ぐずぐずの機体。
何をするんだ。憤るサムに長老が答えます。「コノ シマ カミ ナイ。カミヒコウキ キチョウ。ステキ。モラウ」手の空いた部族が寄って集って、ふやけた機体をちぎって丸め、木の器に入れた蜜に浸してその場でもぐもぐ食べ始めました。旨そうに眼を横一文字に細める部族たちの頭には、ねじれた角がにょっきりと。漏れる言葉は「メェー、メェー」。
南方へ逃げたゴート族の生き残りが、この島で独自の進化を遂げていたのでした。
ジリ貧の紙飛行機。ここで果てるか、さらば母国よ。
そこへ、木々を幾本もなぎ倒して、象ほどにも大きいフンコロガシが、臭気を放つ泥玉を後ろ脚で転がしながら襲来しました。独自の進化を遂げたフン族です。
村長を筆頭に逃げ惑うゴート族の面々を、みるみる臭泥玉に巻き込むフン族。阿鼻叫喚の南国型地獄絵図が、ついでとばかりに紙飛行機を取り込み、
サムの方にもゴロゴロゴロ……。
その夜、サムはいつもより長めに湯船に漬かりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます