44(2024.10.14)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこからテディベアをひとつ、手に取りました。モフモフでふわふわ、愛くるしい茶色のテディベアです。腕に巻いた水色のリボンもなかなかにシャレています。

 やあ。サムが声をかけると、テディベアも右腕を上げて「やあ」と返します。

 サムは、この愛すべき親友が我が家にやってきた日のことを思い返しました。

 よく晴れた休日のこと。サムは級友たちと一緒に熊狩りフェスティバルに出かけました。自然公園のあちこちに潜む熊を光線銃で撃ち、仕留めた肉を持ち帰ることができるイベントです。熊は遺伝子組換えによって弱体化しており、子供でも安心して参加できるのです。

 腕に自信のある級友たちが熊肉を次々に獲得するなか、サムはいつまで経っても一頭も仕留めることができません。光線を見当違いの方角に放ち、熊が舐めきった表情で逃げてゆくさまを悲しげに眺めるうち、「残り五分です」無情なアナウンスが公園に響きました。

 獲物はゼロ、どうやって冬を越そう。思わず吐いた溜息の彼方、草むらの陰に何かを見つけました。もしかして……やった! 念願の熊です。まだ幼いそれは逃げ出そうともせず、その場で小さく震えています。銃を構えてよくよく見れば、右腕に傷を負っていたのでした。

 遠くから、級友たちの話し声が聞こえました。サムは銃をホルスターにしまうと、着ていたジャケットを熊にかけて姿を隠してやりました。早足でその場から離れ、彼らと合流するサム。「こんなとこにいたのか」うん。「ほら見ろよ、俺ん家、今夜は熊鍋だぜ」うん。「そっちの成果はどう?」ううん。「あれ、上着は?」枝に引っかけて破いちゃった。

 帰宅後、サムがお風呂から上がると、玄関のベルが鳴りました。扉を開けると、そこには一頭のテディベアが。「やあ、ボクはテディ。田舎から出てきて住む家を探しているんだ」

 こうして、テディベアのテディはサム家の一員となりました。

「いいかい、決して開けてはいけないよ」満月の晩、テディはきまって押入れに閉じこもります。何やらモソモソ作業して、数時間後、フワフワの毛玉とともに出てきて言うには、

「これを売ってごらん」言われた通りに店へ持っていくと、驚きの高値で売れるのでした。

 サムはテディの言いつけを守り、押入れを開けませんでした。一人と一匹は互いを唯一無二の親友とみなし、毎日仲良く遊んで過ごしましたとさ。めでたし、めでたし。

 ある時、うっかり腰を痛めてしまったお母さんの代わりに、メカ家政婦が派遣されてきました。メカ家政婦は基本スペックこそ高いものの、旧式ゆえ、内蔵時計に不具合がみられました。夜中にいきなり稼働して、料理や洗濯を始めてはサムたちを困惑させました。

 その満月の晩も、瞳が深紅に光るや否や、メカ家政婦は尻に刺さった充電コードを引き抜き、両手にメカはたきを装備して、部屋という部屋の埃をはたいて回りました。魔の手は子供部屋にも迫り、懸命に制止するサムを振り切って、押入れの戸が盛大に開かれました。

「この姿を見られてはしょうがない」右腕に傷跡のある本物の熊は、押入れの中で悲しげに唸りました。「掟に従い、ボクは山に帰らないといけない。今まで楽しかったよ。じゃあね」押入れの壁を破壊し、その穴へと去りゆく直前、「そうだ、これをあげよう。大事にしてね」

 そうして貰ったテディベアと、サムは今日もおしゃべりしているのでした。

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