20(2024.5.4)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから袋をひとつ、手に取りました。ごくありふれた透明なビニール袋です。色とりどりの硝子玉がいくつも入っているのが見えます。
サムは袋の口を開け、硝子玉をひとつ抓みました。春の陽のように穏やかで、花弁のように魅力的な、黄色の硝子玉です。照明に透かすと反射した光がサムを見つめました。
部屋の中心に立ったサムが硝子玉を床に置くと、それはひとりでに転がり始めました。東側の壁に当たった硝子玉は千々に砕け、破片が霧となって周囲に立ち昇りました。鼻がちょっぴりこそばゆくなるような、気怠くて生温かい霧でした。霧がかかった床から黄色いチューリップやフリージアが次々に生え、今が盛りと咲き誇りました。
サムは再び袋を開け、硝子玉をひとつ抓みました。夏の空のように澄み渡り、海水のように爽やかな、空色の硝子玉です。照明に透かすと反射した光がサムを照らしました。
部屋の中心に立ったサムが硝子玉を床に置くと、それはひとりでに転がり始めました。南側の壁に当たった硝子玉は千々に砕け、破片が霧となって周囲に立ち昇りました。肌がじわりじわりと焼けてゆくような、たいそう蒸し暑い霧でした。霧が達した天井一面に入道雲と青空が広がり、床では寄せては返す波が砂浜のカニを洗いました。
サムは再び袋を開け、硝子玉をひとつ抓みました。秋の葉のように鮮やかで、月光のように狂気的な、茜色の硝子玉です。照明に透かすと反射した光がサムを揶揄いました。
部屋の中心に立ったサムが硝子玉を床に置くと、それはひとりでに転がり始めました。西側の壁に当たった硝子玉は千々に砕け、破片が霧となって周囲に立ち昇りました。眼尻がじんわりと滲んでしまうような、物憂げで感傷的な霧でした。霧がかかった壁からはらはらと紅葉が風に舞い、天井では満月が万物を見透かし嗤っていました。
サムは再び袋を開け、硝子玉をひとつ抓みました。冬の早朝のように冷たく、粉雪のように神秘的な、白色の硝子玉です。照明に透かすと反射した光がサムを震わせました。
部屋の中心に立ったサムが硝子玉を床に置くと、それはひとりでに転がり始めました。北側の壁に当たった硝子玉は千々に砕け、破片が霧となって周囲に立ち昇りました。耳が鋭利に研ぎ澄まされてゆくような、寒々として静謐な霧でした。霧はやがて雪へと変わり、しんしんと音もたてずに降りそそいで床に結晶製の毛布を敷きました。
春夏秋冬、一斉に訪れた彼らの思いはただひとつ。
『春/夏/秋/冬こそが これなる土地を 制圧せん』(字余り)
東からミツバチ義勇軍が針を向けて飛んでくれば、南のタコ僧正がこれを絡め取り、西からサイバー・ラビットが杵を構えて飛びかかれば、北のバイオ・ベアがこれを捻じ伏せます。子供部屋国元首のサムは部屋の中央にいながら縮こまり、ただ祈るほかありませんでした。
ああ、どうか我が国に伝わる神よ、この争いに終止符を打ちたまえ。
すると、サムの願いが届いたのか、はたまた異常気象によるものか、長年の眠りについていた地母神獣がとうとう目覚めました。怪力で扉をこじ開けた地母神獣が吠えます。
「あっちこっち硝子玉を散らかして、転んじゃったらどうするの!」
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