46(2024.10.28)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからビニール袋をひとつ、拾い上げました。中身はたくさんのどんぐりです。日曜日の昼下がりに森林公園を家族連れでのんびり散策した、架空の思い出が甦ってきます。
適当な一粒を取り出して掌で転がしていると、おっと、床に落としてしまいました。コロコロ転がる勢いに任せ、廊下へと旅立つやんちゃなどんぐり。後を追うサム。階段を器用に下りた先のリビングへと転がり込むどんぐり。後を追うサム。
一階に着いたサムが目にしたのは、リビングの大半を占める泉に落っこちるどんぐりの最期でした。水面を覗き込んでも、もはや影も泡も見えません。立ち去ろうとするサムを、
「お待ちなさい」呼び止める声がありました。振り返ると、
「私は泉の女神」水草と苔にまみれた女神が泉の中心に立っていました。両掌にひとつずつ乗せたどんぐりを示して、「あなたが落としたのは、どちらのどんぐりですか?」
サムは答えに迷いました。どちらも同じに見えますし、そもそもどんぐりが小さすぎて細部を視認することが難しかったからです。わかりませんと正直に答えると、
「あなたは正直者ですね。では、もっと近くに寄って確認しなさい」優しい声色が鼓膜を震わせてきました。促されるまま、泉に足を踏み入れるサム。足から腰、胸と、みるみる水中に没してゆくのを意にも介さず、ただ女神だけを一心に見つめて前進するサムを、
「そっちに行っちゃダメ!」呼び止める声がありました。我に返って振り返ると、
「ボクらはどんぐり部隊!」自力で袋から脱出した残りのどんぐりたちが、リビングの入り口に整列していました。中央に立つ、額に傷のあるどんぐりが可愛らしい声を張り上げて言うには、「それは、生物をおびき寄せて捕食する魔性の泉だ。ボクたち一族は長いこと泉の脅威にさらされてきた。失った者は数えきれない。けれど、それも今日で終わりだ! 袋結界の中で蓄えてきたエネルギーを、今こそ奴にぶつけるんだ!」「おー!」仲間たちの歓声。
「いかに力んだとて、所詮はどんぐりの背比べよ」女神が口を裂いて嗤いました。「やれるものならやってみるがよい」裂けた口から抜け落ちた無数の牙が、水に触れるやいなや獰猛なドジョウへと変化しました。「コンニチハ」挨拶とともに迫るドジョウの群れ。
「砲台、用意」号令とともに構えた空気鉄砲。シリンダーの内側には、ヘルメットを被り、ダイナマイトを×印に巻いたどんぐりが歯を食いしばっています。
「撃て!」圧縮された空気が射出したどんぐりは、ドジョウの喉元に勢いよく潜り込み、たちまち南無三、爆散しました。一方、野生の弾丸を回避したドジョウは、女神の加護による肺呼吸でもって陸地に上がり、「アソビマショ」手近などんぐりを次々に噛み砕きました。
サムはといえば、戦場とは反対側、すなわち庭に近い側から陸に上がりました。ずぶ濡れの体を乾かそうと思い、そのまま庭へと出ました。樹々が緑豊かに茂るなかを歩道に沿ってのんびり散策するうちに、銃声や断末魔は次第に遠ざかってゆき、ついには聞こえなくなりました。手を繋いでいた娘がどんぐりを拾いたいと言い、サムはそれに付き合いました。夕方、もと来た道を戻る二人のポケットは、どんぐりでいっぱいに膨らんでいました。
サムは、お母さんにどんぐりの話をしました。お母さんはどんぐりを鍋で茹でました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます