36(2024.8.19)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからマジックハンドをひとつ、手に取りました。先端にアームのついた、簡単操作で遠くのものを掴めるマジックハンドです。
サムは、マジックハンドを持って階下の台所へ向かいました。目標物は、戸棚の上にあるお菓子です。昨日、お母さんがバニラクッキーの箱をそこにしまったのを、背後からこっそり、ちゃっかり確認していたのでした。
背の低いサムの前にそびえるは、絶壁の戸棚。その頂上からわずかに顔を覗かせる、バニラクッキーの外箱。商品キャラクターの《レ・バニラブルくん》――ヨーロッパ風の衣装を着たブルドック――が、クッキーを食べようと笑顔で大口を開けているのが見えます。
マジックハンドで狙いを定め、ギュッと力を籠めると、義手はまっすぐ伸びて見事に目標物を捕捉しました。入手した箱を丁寧に開封し、個包装された中身(十枚入)をすべて取り出しました。それから、開け口をセロハンテープで留めて、空き箱を元通りに戸棚の上に戻せばミッション完了。これで、すぐにはバレないことでしょう。やればできる子なのです。
子供部屋に戻り、戦利品を数えるサム。バニラクッキーが一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚。おやおや、一枚足りません。
「それもそのはず」レ・バニラブルくんが言いました。「わしがひとつ食べたのだからな」垂れた頬の間から漏れた甘い息が、サムの鼻先にかかりました。
なんてことをするんだ。サムは抗議しました。サムのおなかもそうだそうだと鳴きました。
「口止め料というやつだ。あるいは共犯関係を築くための最低限の対価と言ってもいい」
ならまあ、仕方ない。悪事の自覚があるためか、しぶしぶ引き下がるサム。気を取り直して、いただきます。手近な包装をひとつ開けると、なんと中身は空ではありませんか。
「言い忘れていたが」レ・バニラブルくんが言いました。「わしには同居している兄弟が四人いてね。彼らにもひとつずつ与えたよ。むろん口止め料として、ね」
「「「「ごちそうさま」」」」ラ/リ/ル/ロ・バニラブルくんが口を揃えて甘い息を吐きました。
ならばと残りの包装を開けると、悲しいかな、それらも空っぽでした。
「新しく、バニラクッキーのキャラクターを担当いたします、バッキーマウスです」巨大な口のついたクッキー型の何かが、妻と三人の子を引き連れて現れました。「お近づきのしるしに、わたくしたちも各個ひとつずついただきました」「「「「いただきました」」」」甘い息。
「なんだ貴様らは」レ・バニラブルくんが吠えました。「そんなこと聞いとらんぞ」
「当然でしょうよ」バッキーマウスがハハッと意地悪く笑いました。「あなたたちはクビになったのですからね。さあ、分かったらさっさと犬小屋に帰りなさい。ハウスハウス」
「何糞」たちまち激昂して、「こんな共食い連中に由緒あるバニラクッキーの広告塔が務まるものか。皆、かかれい。割れ、潰せ、廃棄処分だ」殴りかかるバニラブル一族に、
「野蛮犬どもめ。ええい、寄るな寄るな」逃げるバッキー一族。ため息をつくサムのおなか。
「ただいま」お母さんの声が玄関から聞こえました。「奮発して、アイスを買ってきちゃった。バニラクッキーも添えて、今、おやつに出してあげるからね」そして声は戸棚へと……。
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