30(2024.7.8)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこから白菜をひとつ、手に取りました。プラスチック製の白菜です。絶対に怪我しない程度の切れ味を備えた包丁と、軽いまな板も用意して、サムは台所へ向かいました。
まな板に白菜を乗せ、押さえるお手々はまんまる猫の手。切れ目のついた中心めがけ、いざ、一刀両断。マジックテープの瑞々しい音とともに、白菜は真っ二つに割れました。サムの傍らで白菜を押さえていた猫が、それを皿に乗せてテーブルへと運んでゆきます。
「二つ切り白菜、一丁お待ち!」きたぞきたぞ。お腹を空かせた青虫が、ナイフとフォークを使うのも忘れて目の前の料理を直にがっつきます。うまいうまい。
大衆食堂〈百祭〉は今日も大繁盛です。お客の青虫たちが/ウェイターの猫たちが/サムの手元の白菜が、絶えず入れ替わり立ち代わるなか、今また出入口の扉が開きます。「いらっしゃい……ま……せ……」案内すべく近づいた猫が、相手の姿を認めるやいなや全身を硬直させました。「大変だ!」息も切れ切れに厨房に駆け込み、「千年青虫が来た!」
「一般的に、青虫は食通ではありません」生物社会学者のルカ・クエリ氏によると、「食欲旺盛すぎて、かえって味音痴になっているのです。彼らをターゲットに据えた飲食店は容易に利益をあげることができますが、何事にも例外はあります。それが千年青虫です」
「儂に千切り白菜を出せ!」でっぷり太り、立派な髭まで生やした青虫が怒鳴りました。「過剰な栄養摂取の果てに本能的な食欲が失せ、そのくせ美食への妄執じみたこだわりを宿している。そこに食の幸福はなく、あるのは浅ましさのみ。そんな輩が来店した以上、私はこれにて失礼します」そう言うと、ささっと勘定を済ませて〈百祭〉から出てゆくルカ氏。
「千切り以外は白菜にあらず!」吠える千年青虫。うろたえて毛が抜ける猫。彼らを尻目にサムは考えます。この白菜は二つ切り専用。これ以上細かく切ることは不可能。ならば……。
サムは猫たちを厨房に集めて宣言しました。これより、千切り製造ラインを構築する。
「白菜、全種類入荷しました」猫の報告を受けてサムは頷きました。では始めよう。
サムの目の前に白菜が置かれます。包丁で二つに切ると、猫がそれをまな板から取り除き、代わりに最初から半分に切られたマジックテープ式の白菜を置きます。それを二つに切ると、今度は最初から四つに切られた白菜に交換され、それも二つに切ると、八つに切られた白菜が置かれ、さらに切ると……。これを計十回繰り返すと、一〇二四等分された白菜が二切れ残ります。あとは、同じ作業を五百回繰り返せば、
「千切り白菜、一丁お待ち!」月日が経って、季節は冬。ようやく完成した料理がテーブルに運ばれてきたとき、千年青虫は椅子の上で巨大な蛹に変態していました。
厨房から出てきたサムは、蛹を切れ目に沿って上下に一刀両断しました。切断面のマジックテープに千切り白菜をすべて貼り付け、元に戻すと、蛹はたちまち身悶えし始めました。椅子から落ち、床の上を転げ回るうち、蛹の背面が千切れたシャツみたいに大きく裂け、淡緑色の蝶の羽と、それらを生やした巨大な白菜が姿を現しました。巨大白菜は〈百祭〉の天井を突き破り、世界樹目指して翔んでゆきました。次の日、世界中で白菜の雨が降りました。
そういうわけで、サムの晩ごはんは白菜たっぷりのスープだったのです。
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