第35話 決意
「今戻った」
その時、扉を開いてヴォルフさんが部屋の中に入ってきた。
「ヴォルフさん、今までどこに行っていたんですか! 心配してたんですよ!」
「私としても確認しておきたいことがあったからな。ところで何やら 面白い話が聞こえてきたのだが、私にも聞かせてくれないかな? もちろん、食事をしながらで」
そこで俺とセライナはようやく自分達が朝から何も食べていないことを思い出した。
「……そういえば飯のために俺は出たんだった」
そこで、一度食事をしながらヴォルフさんに今までのことを説明することになった。ヴォルフさんは魔法省の地下施設について興味深そうに聞いていた。
「それで、そんな場所があるとして、君達はどうするつもりなのかね?」
「それは……どうすれば良いのですかね」
「三人で乗り込むわけにもいかないわね」
ここでハタと、有力な情報を得たところで自分達だけでは何も出来ないことに気づいてしまった。
「仲間を集められれば良いのですか……」
そこで俺はハッとした。ヴォルフさんと別れる前に頼んでいたことがあった。
「それでヴォルフさん、アカデミーの方はどうでしたか!」
クーデター宣言後、俺はアカデミーがかなりの損害を受けたことを聞いて心配であった。ちなみに、俺の下宿先は問題なかったようでこっそりと顔を出したら慌てた様子のケイティに兵士達が俺を探していたようだったからしばらくこっちに顔を出すなと言われて、パンを渡されたと同時に追い返されている。
「ああ、心配はない。ミリエラ君もほかの学生も無事なようだ。学生寮に軟禁されているみたいだがね。ただ、一部の古い教授達の中には彼らと戦って亡くなった人もいたらしいが……」
「そう、でしたか」
安堵と悲しい気持ちの二つが沸き上がって奇妙な感覚だ。だが、せめて彼女が無事だったことが知れただけでも良いことだと思わなくては……
「それとだな、これが一番大事なことであると思うが、マーサ様の所在が分かったぞ」
「マーサ王女ですか!」
襲撃の日以来行方知れずだったマーサ王女の居場所が分かったことはこれから先の状況に大きな変化を及ぼすことに違いない。
「それでマーサ王女はどちらに?」
「マーサ様はすでに王都を脱しヴァルデンベルク公の下に身を寄せておられるようだ」
ヴァルデンベルク公は国内でも有数の貴族の一人であり、所領も王都に近い。
「また、マーサ様もランドルフ王子の行動を非難する声明を出されたそうだ。それに同調するように各貴族達にもマーサ様を支援する動きが見える。ランドルフ王子を支持する者はほとんどいないと思われるな」
「それは心強いですが……声明だけでは」
「無論、行動にも移すようだ。国境駐留の第二隊は動けないようだが、南部の第三隊はすでに王都を目指し進軍中であり、続々と各貴族の私兵達も加わっているとのことだ」
「第三隊が動く……そうなると兵力の上では“国防軍”に勝りますね。ただ、王都を戦場にするわけにもいかないから膠着状態になるのでは……」
「うーむ、そうであるな」
俺とヴォルフさんが唸っていると、セライナが割って入った。
「あら、別にそれでも良いじゃない。大半の貴族がマーサ王女の支持に回っているのなら、王子は王都以外に味方はいない。ここが包囲されてしまえば物流は止まるし、市民の不満もたまる。そうすれば王子の打つ手は自然となくなるわ」
そう、彼女の意見は間違ってない。普通ならば……
「いや、そういうわけにはいかないんだ。そのままだと時間切れになる」
「どうして? 確か魔法を完璧に起動させるには倉庫にしまってある魔石が必要なんでしょ?でも倉庫には貴方しか行けないはずじゃないの? それとも、逃げ切る自信がないとか?」
「……そのどれでもないんだ。セライナには言ってなかったけど一応鍵さえあれば時間をかけて迷宮解除の魔法を重ねれば本人でなくとも部屋まで行く事は出来るんだ」
「えっ、ちょっとどういうこと! 貴方が必要なんじゃないの、っていうかそもそも倉庫の警備はそんなので良いわけ!」
「セライナの意見は十分わかるけど、普通なら現実的な方法じゃないんだよ。解除魔法が効くのは万が一、倉庫に行くことが出来る王族や倉庫の管理人が事故や病気で死んでしまった場合の保険みたいなものなんだ。だから解除の魔法だけあの倉庫内で限定であるけれど効くようになっているみたいんだ。だけどその方法は単純じゃない。精神強化魔法がなければ狂ってしまうあの空間で集中のいる解除魔法なんて簡単にできるものじゃないからな。毎日休憩を挟みながら少しずつ段階を分けて魔法を行使する必要がある。しかも、一人じゃ、途中で限界が来るから交代要員も必要だ。そんなの外部からの侵入者がやろうとしても普段は俺達がいるんだから無理に決まっているだろ? よしんば出来たとしても前に出した試算じゃどんなに頑張っても一週間はかかる」
「一週間ってあと二日じゃない!」
「そうなんだよ。どんな急いでも一週間はかかるけど今なら邪魔されずに出来るから、可能なんだ。解除には一流の魔導士が必要になるけど、王子の配下にならそんなの何人もいるだろう」
そう、だからこのまま手をこまねいていては『魔人再臨』は実行に移されてしまう。
だけど、マーサ王女の動きでは絶対に間に合わない。
「……行くしかないじゃない」
セライナがボソッと呟いた。
「へっ?」
「だから、だったら行くしかないじゃない。このまま隠れていても何にもならないなら私達の手で魔石を取るしかないじゃない!」
「でも、どうやってやるんだよ。俺達三人しかいないじゃないか……しかもまともに戦えるのはヴォルフさんだけだし……」
「そうだとしても、このまま見過ごすわけにはいかないでしょ!」
すると、セライナは「でも……」と言う俺の胸倉掴んだ。彼女の瞳には闘志が宿っている。
「いい、よく聞いて! このままだと確実に『魔人再臨』は発動するわ! あの魔法がどんなものなのか知らないけど、きっと破棄された魔法再活性化よりも過激なものに違いないわ。王子の話を聞く限り、彼はそれを国民全員にやるつもりよ。そうなったらどうなると思う?考えるのも恐ろしい被害が出るわよ。五日前の決起時以上にね。それを止めることが出来るのは私達しかいないの! 貴方がどう思っていようが関係ない。やるか、やらないか。皆を助けるか、助けないか。それだけよ」
そう言うと彼女は俺を解放した。ヴォルフさんもそんな俺のことをじっと見ていた。
俺は――どうすれば良いんだ。
気づけば自分の手が震えていた。俺は怖いんだ。倉庫へ行くことも、魔法が行使されてしまうことも、その両方に俺は恐怖していた。
だが、そんな時、俺の脳裏には姫様と交わした最後の言葉がよぎった。
「……そうだな。俺は姫様と約束したんだった」
そして俺は胸ぐらを掴むセライナの手に自分の手を重ねた。もう俺の手は震えていない。
「姫様が困ったときは相談に乗る。助けるって約束したんだ。一度約束したからは……やるしかない。行くしかないんだ」
それに、学生の頃、姫様には一度俺の夢を話した。子供のころの英雄になりたい夢を――
誰に話しても馬鹿にされ、心の奥にしまい込んでいた夢。でも、姫様だけは笑わないでいてくれた。あの優しい、いつもの笑顔で聞いてくれたんだ。
その笑顔がふてくされていた学生時代の俺を癒してくれてた。
いつか、あの時の恩を返せる時が来たら――ずっと、そう思っていた。
今、その時が来たんだろう。
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