第17話 宮仕えの愚痴

 

 ミリエラと別れ、特にこれ以上アカデミーに用があるわけでもないので怪しまれないうちにさっさと外に出ることにした。

 

アカデミーを出た俺達は、表通りのカフェで昼食を済ませると、先ほどのアカデミーでの出来事を振り返りつつ、ぶらぶらと通りを歩いていた。


 「さて、これでマーサ様についてはある程度のことはわかった。マーサ様は今の魔法一辺倒の環境を変えたいという強い意志をお持ちであり、そしてそれ実行するための人材を得て行動に移したというわけだな」


 ヴォルフさんがまずこう切り出した。


 「ところで先ほどは話題に出ず気に留めなかったのだが、ランドルフ王子は姉君のご提案を承諾されたとして、リエーラ様と陛下も同様にあのような大規模なアカデミーの変革をお認めになられたのか?」


 そして、このような疑問を口にした。だが、それについての回答は俺にはある。


 「そのことについてですがまず陛下は近年、政への関与をほとんどなさっていないと伺っております」


 「それはどうしてかね? 私の記憶が確かなら陛下は積極的に政務に取り組んでおられるようだったが?」


 その返しは想定していた。確かに、陛下は歴代国王の中でも上位に入るほど積極的に政治とかかわりを持ってきた。


 「はい、それはヴォルフさんのおっしゃる通りです。しかし、近年は体調が優れないこともあって公務を長時間行うのが困難ですし、なによりもマーサ王女とランドルフ王子がそれぞれ政務と軍務を行うようになりましたので、陛下が公務を行う機会が減少しているのです。そして何よりも、この前行った人事の件が尾を引いているとも言われています」


 「人事?」


 「ええ、ヴォルフさんもご存じだと思われますが、この国の王位継承権は生まれた順ではなく占星魔術との親和性の高い順に選ばれますよね?」


 「もちろんだとも、初代国王ローワン様も高度な占星魔術の使いであり、魔術を通じて知りえた数々のことがなければ人々が表の世界より逃れ、この地に国を創ることが出来なかった。そして、ローワン様以後、ヴェントナー王家の者からは代々ローワン様と同じく高度な占星魔術の使い手が生まれるとされ、その者が王位につくことでこの国の未来を常に良い方へと導いてくださるという話のことであるな。今で言えば陛下のお子であられる……」


 そこまで言ってヴォルフさんはハッとした。


 「リエーラ姫様ということになるのか……」


 「はい、姫様で間違いありません」


 「それで、この事と人事の関係というと……マーサ様、ランドルフ様絡みの話というわけだな」

 

 そう、占星魔術を継いだものが次の王となる。この決まりは現代に限っては大きな懸念をもたらすことになっている。


 「ことの発端は陛下が姫様のこれからを案じてのことでした。本来、占星魔術を継ぐ者が王位に就くことを厭う人はございません。しかし、今回だけは違います」


 「それが姫様のご兄弟というわけか……」


 「通常、ご兄弟の存在が問題になることなどないのですが、マーサ王女、そしてランドルフ王子が共に非凡な才能に恵まれ、王宮に絶大な影響力を持つ存在となられている以上、色々と問題が噴出する事態になってしまわれたのです」


 「その口ぶりからするに、主に利権か?」


 「ええ、まずはそれで間違いありません。マーサ王女は魔法省とアカデミーに、ランドルフ王子は軍部に派閥がございます。それぞれに近しい者達からすれば姫様が王位に就くことよりも……」


 「自分の支持する者が王位についてくれた方が都合が良いということであるな」


 「その通りです。それと、姫様のご年齢が若すぎるということも不満の出る原因となっています」


 「なるほど、すでに数々の功績を残されている両名に対し、まだ学生の身分である姫様に王位が務まるのかということであるな。しかも、近年はただの魔法中心ではなく科学を取りいれた方針への転換もあって、そうした改革期だからこそ、猶更そうした声が出てくるというわけか」


 そこで一旦話を切った後、しばらく考えたそぶりをしてからヴォルフさんは再び口を開いた。


 「時に、マーサ様とランドルフ様はどのように考えておられるのだ?」


 「それについては俺も詳しいことは知りません。俺が知ってることはあくまで噂程度ですから。それを踏まえてた上で良いのであればお答えします」


 俺がそう言うとヴォルフさんは目を丸くした後、声を上げて笑った。


 「どうしたんです。一体?」


 正直、真面目な話をしていたのだから笑うとは心外な。


 「なに、私からすれば君はずいぶんな情報通に見えるのでな。何でも知っているように見えるのだよ」


 「……そりゃ、他の人に比べれば知ってるとは思いますけど」


 なんというか情報通と言われるとむず痒いものがある。さっきから俺が話していることの全ては倉庫を利用する連中から聞いた話ばかりであるからだ。


 例えばセライナだ。


 あいつは魔法省の仕事で頻繁に倉庫に来る。そして暇さえあれば俺に仕事の愚痴を言ってくる。今回の人事の話もその時に聞かされたものだし……


 他にも、騎士団の連中も魔法の武器とかは一部倉庫に預けているから取りに来るときに話をするし、王宮で働いている使用人たち、貴族に仕えている執事やメイド。果てはご本人まで倉庫を利用する。

 

そして彼らが時折こぼす独り言や、セライナみたいな愚痴を俺たち倉庫番にこぼすからどんどん情報が集まってくるのだ。


 ……ただ、ここで集まった情報は口外すれば首が飛ぶだけで済まないものもあるから結局は黙っているしかない。

 延々と愚痴を聞かされる俺たちにやり場のない疲れが溜まるだけだ。


 だから仕事を辞める同僚は多いし、病気になるやつも多いんだよあそこ……ただでさえ過酷な労働環境だっていうのに。おまけになれる人も少ないからなかなかやめさせてもくれないし、先輩も辞表出してから受理されるまで何年かかったことやら……


 「と、ともかく王女と王子の話ですよね!」


 これ以上、このことを考えると暗くなるから元の話しに戻す。

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