第18話 王位を継ぐ者
「まず、マーサ王女に関してですが、ご本人がどれだけ王位に興味があるのかは全く分かりません」
「ほう、それはなぜそう思うのかね?」
「まずですが、王女は思った以上に研究に没頭しておりまして、新技術の発見、そして外の技術の吸収とそれを用いての国内産業の発展を第一としているようでして、本当にそれ以外のことに興味がないように思えます」
「だが、そうした改革には政治的な力が必要となるだろう? であれば、王位を求めるのも不思議ではないが……」
「しかし、それなら今でも十分行えています。王女の支持者には有力な商人や貴族がおりますので貴族議会への工作は可能ですし、そもそも王位についてしまわれたら様々な国の催しに参加しなければなりませんので」
「ということは一切王位に興味がないのでは?」
「……それがそうとも言い切れないのです。これはあくまで聞いた話ですが、どうやら、魔法省内では一度王女が姫様の王位継承に懸念を表明したことがあるとか」
「それはどうして?」
「なんでも、姫様の魔法のことに関して問題があるとかどうとか、詳しいことは何も」
「ただ、その程度のことで王位を放棄させられるのかね? 歴代の国王にも占星魔術以外の適性がない者もいたはずだが……」
「さぁ、それがどうやらそれはあくまで建前で、本音は姫様へと嫉妬だとか……」
「嫉妬?」
「これはあくまで噂ですが、マーサ王女には姫様へのコンプレックスがあると王宮内で囁かれています」
そう、完璧にも思えるマーサ王女の唯一の弱点。
「……マーサ王女は生まれつき占星魔術の適性がほとんどありません。それこそ一般の魔道師以下とも言われています」
「それは知らなかったな」
「当然ですよ。その事実は伏せられてますから。俺だって今回の件がなければヴォルフさんにお伝え出来ないくらいなんですから」
そうはいっても、王宮に勤めている人間からすれば知ってて当然のことで、公然の秘密というやつかもしれないけど。
「マーサ王女は占星魔術を努力で習得されようとあらゆる手を尽くしたらしいのですが、ほとんど上達しなかったとのことです」
「占星魔術は努力というよりは生まれついての能力によるものと言われておるから仕方がないかもしれんな」
「ただ、マーサ王女にはそれが許せなかったらしいのです。マーサ王女は魔法に関しては王国史を紐解いても例がないほどの腕前を誇っています。それこそ建国者ローワンに匹敵するとの呼び声もあります。そんな王女が唯一かなわないのが占星魔術であり、その使いである姫様は王女とは対極にあたると言っていいほど魔法に関しては平凡な腕です」
そう、それは俺から見ても普通の魔術師程度の腕前だった。それこそ、姫であることを抜きにすれば彼女自身の性格も普通の人、普通の優しい一人の少女だと思う。
「聞いた話ではマーサ様は魔法の才能で自身に劣り、学術、武術でも見劣りする姫様が自分が持てない、持つことが許されない唯一の魔法の力だけで王位に就くことを許せなかったのではないか。そうした背景から魔法省でこのような発言をしたのではないかと言われてます」
「それで、君はそれをどう思うのだね?」
ヴォルフさんに聞かれて俺は一度言葉に詰まった。
「……俺にはマーサ王女がそう思っているかどうかはわかりません。けど……」
「けど?」
「俺が思うにマーサ王女がたとえそう考えていらしても王位から引きずり降ろそうとはしないと思います」
「何故そう思うのだね?」
「それは、マーサ王女は何事も努力して歩んできたお方です。苦手な占星魔術も、その知識量は一流の使い手に並びますし、ほかの魔法に関しては引けを取るものありません。そして最新の科学技術も取り入れ、アカデミーの改革という困難な事業も、それこそ俺も気づかないうちにあっという間に成し遂げてしまいました。そんなマーサ王女が口だけの懸念表明で魔法省や王宮に揺さぶりをかけ、自身が王位を狙っているように見せるなんて考えられません」
俺がそう言うと満足そうにヴォルフさんは頷いた。
「なるほど、君の話は分かった。それでランドルフ様に関してはどうだね?」
そう聞かれて俺はうなった。どう答えたものか。
「そうですね。王子に関してはまず、今の話の最初の話題である人事について話しながら説明します」
「そういえばだいぶ話がそれていたが元々はその話であったな」
……自分で始めた話なのに。まぁ、そんなことは気にしなくていいか。
「全ての始まりとなった人事ですが、陛下は姫様の王位継承がつつがなく進行するようにするため、王宮の主要なポストの人間を全て国王派閥にすることをお考えになったそうです」
この国における要職、それは魔法省長官、貴族院議長、枢密院議長、司法長官、王宮騎士団長の五つの職のことである。
このうち、前者の三つはすでに国王の信任が厚い者が務めている。そして、司法長官のトーマス・レーゼマンは中立的な立場を貫き、どの勢力にも与しないことで知られている。
「陛下としてみれば、全ての要職を押さえてしまえば、万が一、マーサ王女とランドルフ王子が姫様の即位に反対しても抑え込めると判断したのでしょう。そこで陛下は最後の一つとして、王宮騎士団長の解任を求めたのです」
「今の騎士団長エドアルド殿の前……シュトライヒャー殿か」
「はい、もう三十年にわたり騎士団長の職を拝命されてきたシュトライヒャー卿です」
リヒャルト・ジークフリート・フォン・シュトライヒャー侯爵をこの国で知らない人はいないと思う。上級貴族でありながら武人として常に最前線で戦い続けたシュトライヒャー卿はこの国の守りの要だと言われてきた。質実剛健、真面目で融通の利かない性格と言われながらも彼が人々の尊敬を受け続けたのは長年にわたる国を守ってきたという実績に他ならない。
「シュトライヒャー卿はヴォルフさんも知っての通り大変兵士からも人気のあるお方
です。その反面、騎士団の強化を渋り、軍事費の削減を提唱してきた陛下とは衝突が絶えなかったようです」
「分からん話でもないがな。以前のように凶悪な魔物が出現することも減ってきているし、森の向こうにいる連中も最近はちょっかいをかけてくることも少なくなったと聞いている」
「そうした背景があることも一つの要因なのですが、俺が騎士団の連中からから聞いた話では団長としての在位が長く、信望も厚いシュトライヒャー卿の一声で多くの騎士が動いてしまうことを危惧しておられたのではないか、ということです」
「なるほどな。騎士団が王位に就く姫様よりも団長に従うかもしれないという空気が出来てしまってはよろしくないということか」
暗に、反乱の可能性を少しでもつぶしておきたいのだろう、ということを俺に目だけでヴォルフさんは言ってきた。
「……ともかく、陛下としては体調が優れていない時期が続いていたこともありましたので、御自身がまだ動けるうちに、と言ってシュトライヒャー卿を解任し、姫様と幼いころより親しくされていて、かつ若手一の実力者としても知られているエドアルド殿を団長に据えたかったようです」
「それが問題となったというわけだな」
「それはもう大問題ですよ。そもそもエドアルド殿は魔獣討伐の実績があるとはいえ、本格的な対人戦の経験、特に集団での戦いの経験に乏しく、かつ年も若い。そしてシュトライヒャー卿が歴代の団長がお辞めになった年に達していなかったこともあって騎士団内部からの不満が強かったんですよ」
今でも当時のことを思い出せるくらいだ。倉庫に来る騎士連中は口々に不満を言うし、この人事を通すように言われている役員たちも愚痴を言ってくるし、あの時は毎日それを聞かされたものだ。
「それでも最終的にはエドアルド殿の就任が決まったのだろう?」
「騎士団長の任命を決めるのは最終的には貴族院ですから、議長に手を回してもらって反対派を黙らせて強引に、って感じですかね。シュトライヒャー卿の退任に否定的な議員も多かったそうなので」
「なるほど、それでその時に通した無理がたたって陛下が積極的に政務を行わなくなったということか」
「シュトライヒャー卿の一件が最も大きなものでしたが、それ以外にも姫様が無理のないようにと、かなりの範囲で同様のことを……おかげで暫くはどこも大変だったようですよ」
「それはわかった。ところで、そろそろランドルフ王子についての君の見解も聞きたいところだが……」
「そのことにつきましてはここではなくあそこで話しましょう」
「あそことは?」
「騎士団駐屯地ですよ」
そして俺はヴォルフさんにブラブラと歩くことをここでやめて、騎士団駐屯地へ行くことを提案した。それはすぐ受け入れられた。
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