第16話 噂


 「学園内の噂ですと表の人を入れたのはマーサ王女でして、古参の先生方がそれはもう強硬に反対して王宮に直訴したそうなのですが、ランドルフ王子がマーサ王女のご提案に賛成なされたそうで、それで一気に反対派の勢いがなくなったとか……」



 「ランドルフ王子が?」


 驚いたな、ランドルフ王子と言えばマーサ王女との不仲は有名で、二人の意見はことあるごとに食い違い、それぞれの派閥も日々対立していて業務が滞ってしまう事があると魔法省や行政庁の連中から聞いていたのに……


 「ランドルフ様がマーサ様のご提案を受け入れられた背景についての噂とかもあるのかね?」


 真剣な声色でヴォルフさんがミリエラに訊いた。


 「流石にただの学生である私にはそこまで……」


 そう言って考え込むミリエラ。すると彼女は何かを思い出したかのように「あっ」と声を出して、自分の出した声を抑えるように口元を抑えながらひそひそと言った。


 「前に姫様と一緒にいるメイドのケイトから聞いたんですか、なんでもランドルフ王子がマーサ王女に建設した施設の一部を騎士団が使えるようにしてほしいとお願いしているのを聞いたらしいです」


 なんて会話を聞いているんだそのメイドは……


 「それで、マーサ様はそれを了承なされたのか?」


 ヴォルフさんが言った。

 ミリエラはあたりを見回してラウンジに自分たち以外に誰もいないのを確認すると、窓の外を指さした。彼女の指につられて外を見ると、そこには風車が見えた。


 風車は寮の前にある小高い丘の上に建てられていて、ここから見えるだけでも三基ほど確認できた。しかも、その造りは俺の知っている風車小屋とは異なり、円柱の細い柱に大きな羽が三つほどついているものだった。


 「あんなところに風車なんてあったか?」


 俺がそう尋ねると。


 「あの風車は学長の発案でマーサ王女が許可を出されて建てられたものです。風がなくても常に羽が回るよう学長の考案された術式があのあたり周辺に展開されていて、常に一定方向に風が吹くそうなんです。しかもあそこだけではなくていくつか同じようなものがアカデミー内に造られています」


 「それは、もう何とも言えないほど凄いものだなぁ……」


 あの丘は半径二百メートルはある。それを覆うほどの術式なんて聞いたこともない。せいぜい半径五十メートルといったところだ。


 「どこからそんな大規模な魔力を供給しているんだ?あんなものをいくつも造ったらどんな大型工業用の魔石でも半日も持たないだろ?」


 「聞いた話ではアカデミー地下の竜脈から無尽蔵に魔力を吸い取っているそうですよ。ここの地下を流れる竜脈は相当大きなものだからこの程度の術式ではなんも影響も出ないとか」


 「見たこともない術式に竜脈操作……あの学長ならやりかねないことだけど何でもかんでも規格外だな」


 「おや、その口ぶり? 君はクラウディオ殿のことを存じているのかい?」


 「多少ですが、学長殿も倉庫をご利用なされますので……」


まぁ、そんなこと言って俺が知ってる学長は倉庫を使う時だけだし、必要なこと以外ほとんどしゃべらないからどんな人かはあんまわかんないけど……

 一度だけ、がっつりと話をしたことはあるけど……あれは学長でなくても教授達にはよくあるタイプだし……


 「ところで、あの風車と王子に何の関係が?」


 とりあえず学長のことはおいて、風車について聞くことにした。


 「それがですね、私もよくはわからないのですがなんでも地下に発電用の施設が作られているとかで、そこで作られた電力の一部を騎士団の駐屯地に送っているようです。まぁ、どうやら魔法ではなく科学関連のことなので詳しくは知りませんが……」


 「発電ねぇ……」


 俺もそれについては一回どっかで聞いたような気がするなぁ……肝心のどこで誰に聞いたかを忘れているから意味ないけど。


 「ランドルフ様はいったいその電力で何をなさるおつもりなのだろうか?」


 ヴォルフさんは相変わらず真面目な様子だ。それにあてられたのかミリエラも真面目な態度を崩さない。


 「流石に何の目的かは存じません。あくまでそうした話があるってだけですから。ただ、発電施設があることは事実みたいです。雷魔法を専門にしている友達が、教授に連れられて見に行ったそうですから」


 「俺が卒業してからわずか二年でここまで変わったんだぁ……」


 在学中も、そうした話が出ていたことは知っているし、マーサ王女の主導で科学部が大きく変わるということも聞いてはいたがここまでとは。

 俺が何気なしにそう言うと、ミリエラは少しだけさみしそうな表情になった。


 「先輩の言う通りです。もう、あの時とは全然違います。それは建物やカリキュラムの話だけでなくて、アカデミーが根本から別のものに作り替えられているように思うんです」


 そして彼女はいったん話を区切ると「それに……」と続けた。


 「ここ最近は姫様も体調がすぐれないらしく、お休みなされてますし……以前お休みなされたときは姫様のご厚意で王宮にお邪魔することもできたのですが、今ではそれも禁じられています。姫様が何か重い病でも患っているのではないかと皆も心配しているんですよ」


 その発言に俺はハッとした。彼女が会えないのは病気でもなんでもなく、行方が分からないのだと。そして俺がその捜索を今しているのだと改めて思い知らされた。

 あくまで、壮大な事件に巻き込まれた程度にしか思ってなかったが案外身近な事件なのかもしれないな。


 「先輩は何かご存じないですか?」


 考え込んでいたらそう聞かれ思わず、「いや、知らないかな」と答えていた。

 俺の返答に彼女はただ「そうですよね……」と返すだけだった。

 その後、わずかな沈黙の時間が流れたが、妙に空気が重く、そして長く感じられた。



 それから少したわいもない話をしてミリエラとは別れた。

 その際、ミリエラに「また姫様と三人でお茶会をしましょう!」と笑顔で言われ、俺は「ああ、そうだな」と返すのが精いっぱいだった。


 足早に立ち去っていく彼女を黙ってみていると、ふとヴォルフさんが俺を見ていることに気づいた。


 「……何か?」


 「いや、君がどうしてこの一件に関わろうと思ったのか改めて分かったような気がしてね」


 そう言われて俺には返す言葉はなく、ただ姫様のやさしい笑顔が頭の中に浮かんだ。

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