第15話 他愛の無い学生の思い出

 そう、あれはまだ学生だった頃――、

 俺が所属していた精神魔法の研究会を受け持っていた教授は、人手不足を理由に学生たちをよく自分の講義に駆り出していた。


 姫様は自身の得意魔法である占星魔法の精度を高めるため、精神強化魔法についてより知りたいとお考えだったらしく、熱心に講義を聞いていたことを今でも覚えている。


 まぁ、占星魔法の行使には強い精神的な負荷がかかると聞いていたから、例え自身にそのつもりがなかったとしても王宮お抱えの家庭教師たちに履修を進められていたとも思うが……


 ともあれ、熱心な姫様はノートにびっしりと講義についてのことを書き込んでいた。そして、それだけ熱心に勉学に取り組んでいるとアレコレと質問をする機会も多く、その都度教授が答えるのもおっくうだからと講義を手伝っていた俺が姫様の質問に答えることになった。


「……そこから俺と姫様の付き合いが始まりました。姫様は近年まれにみるほどの真面目な方でして、俺は空いた時間があれば山ほど質問を受けたり、ご自身の精神魔法に対する考察も聞きました」


 あの、ふわふわとした感じのおっとりした雰囲気とは別で、口を開けば真剣に魔法について語りだすあの姿には、性格も容姿も似てないもののマーサ王女の妹君であること再確認させられたほどである。


 「なるほど、それで君は姫様と親しくなったということか?」


 「そうなりますかね。最初の数か月は講義の内容について話をするくらいしか接点はありませんでしたが、それ以降はちょくちょく一人でいる俺を見つけては昼食や茶会にお誘いしてくださいましたから」


 そこで一度話題を変えて俺は聞いた。


 「というよりヴォルフさん、なんで“姫様”と呼ぶんですか?」


 さっきまではマーサ王女と同じくリエーラ王女とお呼びだったくせに。


 「なに、君が“姫様”と呼ぶものだから私も習っておこうかと……」


 「なっ、それは……昔の癖みたいなものですよ」


 ミリエラがそう何度も呼んでいたからいつの間にか俺もそう呼ぶようになっていた。


「まぁ、それよりも君がリエーラ”姫様“の茶会にねぇ……」


 ニヤニヤと笑うヴォルフさん。くっ、自分が柄じゃないことは俺だってわかっているさ……


 「それで、私は先輩とそのお茶会で知り合ったんです」


 今度はミリエラが話し始めた。


 「姫様も時々、講義の時に自分の話に長々と付き合ってくれる親切な先輩がいると私に話しくれまして、どんな人なのか気になっていたらある日、猫背の暗そうな男性を姫様が茶会の席に招かれたときはびっくりしましたよ」


 そして、俺はずいぶんと失礼な第一印象を持たれていたことを今知った。


 「でも、先輩の物腰は見た目に反して穏やかでしたし、姫様がいないときにあってもちゃんと会釈してくれるし、勉強のことで困ったときには相談に乗ってくれましたので非常に頼りになる先輩だってすぐにわかりましたよ!」


 でも、続けて俺のことを褒めてくれたのでまぁ悪い気はしないな。


 「とまぁ、こんな感じで姫様やミリエラとは時々会うようになりましてね。俺の卒業後も姫様は時折倉庫を利用されますのでその時に少し話をすることもありますので」


 「ふむ、君は思った以上に姫様と仲が良いようなんだね」


 「いや、仲が良いかは自分ではわかりかねますが、嫌われてはいないと思いますよ……」


 謙遜気味にそう言ったが、たぶん嫌われてはないと思う。あのホンワカした雰囲気で話す裏で実は俺を根暗だとか軽蔑してたりとか……たぶんないな。


 「私は随分と親しくしているなぁーと思いましたけど? ほら、一度私が茶会に遅れてきたとき、楽しそうに子供のころの夢について姫様と話していたとか……」


 「子供のころの夢? ほうほう、それはどんな……」


 ヴォルフさんがこの話に何故か食いついた。


 「べっ、別にそのことは今は話さなくても良いじゃないですか!」


 だが、ミリエラが詳細を話す前に俺が強引に話を遮った。


 ミリエラめ、余計なことを話しおって……あの時は場の雰囲気に流されてつい話してしまったんだ……まぁ、姫様はあの話を笑わなかったし、俺も悪い気はしなかったけど……


 「おっほん! ……それより、話がだいぶそれてしまったけど、ミリエラ君。結局君は何であそこにいたんだい?」


 とりあえずこの話題はここで終わらせておこう。そして、気になってたことだから忘れないうちに聞いておこう。うーむ、昔のことを思い出すとなんだか気恥ずかしいなぁ……


「あっ、そういえば元々そのことにお答えするはずでしたね!」

 

そう言ってポンとミリエラは手を打った。たぶんあのまま話し続けていたら忘れていたかもしれない。


 「あそこにいたのは科学部の教授に私の論文を見ていただいていたからなんです」


 「論文を? どうして? さっきも言ったが君の専門と関係ないはずだと思ったけど……」


 俺は首をかしげるしかない。

 そうすると彼女は苦笑しながら続けた。


 「先輩のいたころだったら私も行ってないと思います。でも、先輩の卒業後にアカデミーの方針が変わって、卒業論文は魔法学部と科学部双方の教授に見ていただかないといけなくなったんです」


 そう言ってミリエラは語りだした。どうやら新任のクラウディオ学長の下、方針が大きく変わったようで今までのようにそれぞれの学部は独立した存在ではなく、双方が混じりって互いを高める方針としたようだ。


 それによってこれからは魔法学部の生徒も科学の講義を履修することが求められるそうだ。ただ、彼女の代はさすがに六年生ということもあって講義の履修は求められなかったようだが、代わりに卒業論文は双方の学部の教授によるお墨付きがいるようになったとのことらしい。

 

 「……とまぁこうしたことがありまして、私も先ほどまで論文を見ていただいていました」


 「それで、実際のところ科学部の教授ってどういう人たちなんだ?」


 正直なところ、俺もまだ会ったことがないから聞いてみたいものだ。まぁ、倉庫に来ている魔法省の連中から言わせると胡散臭くて陰気だとは聞いているけどそれはあくまであいつらの意見だし、だいぶねじ曲がった情報な気がするし……


「うーんそうですね……別に変ったところはないと思いますよ。普通に魔法学部の先生方と変わらないなぁと感じました」


 「そうか、それは良かったな」


 俺個人としてはちょっと残念だけど……面白い方が聞いている分には楽しいし。


 「ただ……」


 「ただ?」


 「その、時折なんですがもしかして表の方なのでは? と思うことがあります」


 「表の?」


 それは聞き捨てならない話だ。表の人を招くことは今までもなかったわけじゃないが、それはあくまでこっちの向こう世界の境界線までで、しかも会うことが出来るのは国の要人とかのごく限られた人だけのはずだ。

 そうでもしないと、表のモノがあまりにも流通しすぎてしまう。それは王宮も望んでいるとは思えないが……


 「私がそう感じたのは、お話ししているとたまに魔法のことを全く知らないようなそぶりを見せるんです。勿論、殆どそういうことはないのですが、基礎的なこと、例えば身体強化系統の魔法については全くご存じないようでして、私が以前たくさんの荷物を運んでいる時に、それこそ非常に興味深そうな顔で見てましたし……」


 「うーん……」


 その話が本当であれば相当、今回のマーサ王女とクラウディオ学長のアカデミー改革は今までとは根本から違うほど強力なものだということだ。


 「もしその件が本当だとして、よく王宮がそれをうけいれたものだな」


 今までニヤニヤとしながら話を聞いていたヴォルフさんが片眉を上げながらボソッとつぶやいた。


 すると、ミリエラが辺りにキョロキョロと視線を動かして辺りを見て近くに人がいないことを確認するとこちらに身を乗り出すようにしながら声を潜めて話し始めた。

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