第8話 密談
こいつは今何て言った?
一人だと……
「何を言っているんだ。隣にもう一人……」
俺は隣にいるヴォルフさんをどう説明するのか決めてもいないのにアクセルのこの発言に思わず自分から話を振ってしまった。
「えっ? お一人しかいないじゃないですか? それとも誰かいるんですか?」
そう言ってアクセルは辺りをキョロキョロと見渡した。
「馬鹿言うな隣に……」
俺はアクセルから視線を外してヴォルフさんのいる方を見たがそこで自分の目を疑った。
そこには誰もいなかった。さっきまでヴォルフさんのいたところには何もなく、俺の目には倉庫の壁沿いに積まれた木箱しか見えなかった。
「あ……れ……」
「やっぱり誰もいないじゃないですか。どうしたんです? そんな妙なこと言いだして?」
俺の発言にアクセルが怪訝そうに眉を顰める。
「いや、なんでもない……」
俺がそう返すと、アクセルは「変なライナスさん」とだけ言うと、「そろそろ利用者が来る頃だから受付にいますね」と言って部屋を出て行ってしまった。
(なんだ、どういうことなんだ……)
何がどうなっているのかさっぱりだったが、ここに居ないということはもう外に出たのだろうと強引に割り切るしかなかった。
(正直なところ今までの話で手一杯だったんだ……もう、いちいち驚くのも面倒になってきた)
そう思って、俺も部屋を出ようとしたその時、テーブルの上に先ほどまで見覚えのなかった紙が乗っていることに気付いた。
(また、紙か……)
俺はその紙を手に取った。
『フェアール通りにて』
王城の裏門から出て五分ほどの整備された並木道で知られるフェアール通り。そこの名前が書いてあるということは仕事後にそこへ行けということなのだろう。
俺は読み終えた紙をズボンのポケットにしまうと、部屋を一通り確認してアクセルに続くように部屋を出た。
それからはいつものように仕事が始まったが、もうはっきり言って俺は上の空で仕事に集中できなかった。頭の中を駆け巡るのは王族と人探しの事だけで、昼に何を食べたのかさえ覚えてなかった。その後もボーッとしていたせいで二度もセライナに尻を蹴られたがその痛みでさえ曖昧だった。
倉庫が夕日に照らされたころには仕事も終わり、引継ぎを済ませた俺は昨日と同様に倉庫を出た。天気も昨日と同じ、気温も変わらず、全てが同じはずであったが俺の気分は昨日よりだいぶ悪かった。
仕事に関していえば俺は明日から休暇のはずだ。倉庫の仕事は非常に精神を酷使する関係上、三日連続で勤務すると大抵その翌日に丸一日休暇をもらえる。特に、俺の次の勤務は明後日の午後からなので実質二日は休める。
だが、そんな事を言っている場合じゃない。過ぎ去った平穏よりも今は人探しについてだ。
俺は、自分なりに辺りを気にしつつ、なるべく目立たないように王城を離れるとフェアール通りへ足を進めた。
フェアール通りは三代前の国王が王都に彩を持たせるために様々な種類の植物を植えることを命じ、世界各地から様々な種類の植物の種子を取り寄せ、この地で成長できるように魔術的な改良を加えた後に植えられた。今では世界の植物が鑑賞できると、王都の観光名所の一つとなったほどだ。
(そうは言っても面白がって色々なのを植え過ぎるから最近じゃあどこの国なのかもわかんなくなるくらい奇妙な場所になっているけど……)
今の季節で咲いているのは通りの北側だけで、夏になると中央が、秋から冬にかけては南側で花が咲く。中には一年中花をつけている所もあるみたいだが、何か魔術的に細工をしている様で個人的にはあまり見たくはない。
ともあれ、平日のこんな時間帯に訪れるような人は少なく、俺が通りの北側入り口についたころには誰ともすれ違うこともなかった。
(さて、通りには着いたが待ち合わせの場所を正確に決めたわけでもなし、どうやって合流すれば良いのやら……)
通りの入り口でただ立っているだけなのにどこか違う様な気がしたので通りの先へ進んで行くことにした。
「せっかくフェアール通りまで足を運んだのだから、少しは花でも見るか」
「花を見るという点については同感だが、それよりもまずは話の続きをしても良いかな」
「……いつからいました」
「さっきからずっとだが?」
俺が木々を見上げながらポロっと独り言をこぼすと、隣で声が聞こえた。
まあ、ここまで来たらもう驚くとかそういう話でもなくなってくる。
左横を振り向けば、そこにはいつの間にかカールスライト・ヴォルフが並んで歩いていた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いいや、そんなことはないさ。それにたとえ待ったとしてもこんな素敵な風景を見ていたのだから気にはせんさ」
なんというか、この人には何を言ってもこういう感じで返事されそうな気がしてきた。
そんなことを考えていても先に進むわけでもないので自分から話を切り出すか。
「それで、どなたをお探しになれと命じられたのですか」
すると、ヴォルフさんは立ち止まり、木々を眺めるようにしながら話し始めた。
「私が探せと言われたのはね、王女様なのだよ」
はい? 王女様ですと?
その時、俺の脳裏に浮かんだのは二人の人物。
冷たくて不愛想な印象を受ける第一王女のマーサ様。
おっとりとしていて優し気な雰囲気が漂う第二王女のリエーラ様。
そのお二人のどちらかが行方不明!そんな重大な出来事が起きていたなんて今の今まで知りもしなかった! それ以上に、それほどの一大事が何故王宮の中で話題となっていないのか……!
しかし、それ以上に今最も俺にとって重要なことは何か、その行方不明になられているいずれかの王女様を探せと言われたのだな! ……うん? どういうことだ、なんで俺なんかが……
グルグルと様々な考えが頭の中をよぎり、一瞬意識が飛びそうになるほどだ。
俺の混乱っぷりが伝わったのか、ヴォルフさんは苦笑しながら言った。
「出会った時から慌てたり突然硬直したりと忙しいようだが、流石に私も探してほしいと言われた時には君の様に驚いたよ」
うっ、どうやら最初に会った時からの動揺は見透かされていたようだ。
いかん、いかん。とりあえずは話を進めてもらわねば。
「それで、一体全体どういうことなんです?」
「そうだね、今度は邪魔もそうはいらないようだし全部を話すとしようか」
そう言うとヴォルフさんは、ゆっくりと話し始めた。
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