第7話 風変わりな英雄
――――カールスライト・ヴォルフ。
その姿を見たことはなくとも名を知らぬものはこの国にはいないだろう。
商家の息子として生まれた若き冒険家は、その数々の功績によって知られている。
鉱山に巣食う巨人を倒し、国の産業を守ったものとして……
孤児院を蝕む病を流行らした悪霊を成仏させ、子供たちの未来を救ったものし
て……
そして、何よりも王都を脅かした悪竜を討伐し、絶望に満たされたこの国に光をも
たらした英雄として……
カールスライト・ヴォルフの名はこの国の歴史に刻まれている。
子供から老人まで、この国ではその名を知らない人はいないとされるそんな英雄が今、俺の前に立っている。
「……どうしてヴォルフさんがこんなところに……」
俺はもう本格的にどうにかなりそうな気分だ。昨日の妙な封筒から始まり、今では目の前に伝説の英雄様が立っている。この突然な出来事の連続にそろそろ耐えられそうになくなってきた。
俺がそんな心境にいるのを分かっているのかどうかは分からないが、俺の回答に対し、ヴォルフさんはニヤッと笑うと、近くの丸椅子を片手で引き寄せ、ドカッと座った。
「まあ、立ち話もなんだ。君も座ったらどうかね」
そう言われてはこっちとしても立ったままではいられない。俺はとりあえず、ヴォルフさんが座らなかった方の椅子の所まで行き、静かに腰を下ろした。
俺が座ったのを確認すると、ヴォルフさんは語りだした。
「さて、何処から話をしたもんだと思うが……まあ、私はこう見えて話をするというのが苦手でね。とりあえず、分かりやすく話したいとは思うが、分からないところがあったらどんどん質問してくれ。いいかな?」
「はい……分かりました」
こっちとしても分からないことの連続であるし、今更何が来てもそうそう驚かないような気もするが、とりあえずは話を続けてもらうことにした。
ヴォルフさんは俺の回答に満足したのか、再び笑みを浮かべると「ありがたい」とだけ言って、一度大きく息を吸うと再び話し始めた。
「まずは私がつい先日帰国した時のことから話そう。あれはかれこれ十日くらい前の事だが、私はそれまで南のアンドラテ砂漠にいてね、地下に眠るとされる伝説の秘法とやらを探していたんだが、まあ……現地の魔導士との対立や遺跡を守る古代獣との戦いもあって特に成果もあげられなくてね、それで一時帰国することにしたんだが……まずここまでの話はいいかな?」
「ええ、大丈夫です。続けてください。」
俺個人としてはその砂漠での話も気にはなるが、とにかく今はその先だ。俺は彼に先を続けるように促した。
「そうかい? では、続けるとしようか。旅を終えた私は少し休暇を取る予定でね。どこか旅行にでも行こうかと考えていたんだが、そんな時に自宅を訪ねてくる者がいたんだ。それが、まあ、珍しいことに王城からの使者でね。なんでも私にどうしても相談に乗ってほしいことがあるからと言われてね。それで、王城に行ってきたんだよ」
「なるほど……」
「まあ、私も初めはてっきり魔物退治かなんかの依頼だと思ったんだよ。今までにもそういうことは何度かあったからね。でも、今回は妙だった。今まで私を訪ねてきた使者は皆、鷲の紋章が入った装飾のある服を着ていたんだが、その時は竜と剣や杖のようなものが画かれた紋章だったんだ。それに、その人たちは随分と緊張している面持ちだったね」
(……王家の紋章入りの服。やはり、王族の直属の部下か……)
話を聞きつつ、俺は王族の関係者が関与していることを改めて知らされ、突然のことでどこかにすっ飛んでいた緊張が再び戻ってきた。ヴォルフさんはそんな俺の心情に気付いているのか気になったが、そんな素振りもなく話を続けた。
「それで、王城までついて行ったらいつもの騎士団本部の執務室でなく、王城の方へと案内されてね。不思議に思っていたら、驚いたことに宰相殿が私を出迎えてくれたんだよ」
「宰相閣下が……?!」
この国の宰相、ウィルヘルム・クルツ。元は国の財政を司る財務卿であったが、五年前から体調を崩して療養中の国王ユリウス・ヴェントナーによって宰相の任を命じられ国政を担っている人物である。
(まさにこの国の中枢にいると言っても過言ではない人物。そんな人から出迎えを受けるってことはもしかして、いや、まさか……)
ここまでの話を聞けばさすがに俺も今回のこの一連の出来事に一体誰が関わっているのか大方の予想がつく。だが、それを意識した瞬間、俺の背中を冷たい汗が流れるのを感じた。
頭の中で警報が鳴り響く。おそらく、これからこの英雄が発す言葉は俺の人生を大きく変えてしまう、そんな感覚がヒシヒシと伝わってくる。
しかし、俺の動揺もお構いなしという感じに英雄は言葉を続けた。
「私が宰相殿に連れられて案内されたのは、王城の一室だった」
――――やめてくれ、それ以上は……
「中には立派な天蓋付きのベッドがあってね」
――――――ああ、聞きたくないんだ……
「私がベッドに近づくと中から声が聞こえたのだよ」
俺の日常が、安定した毎日が――――
「そこには、国王陛下がいらしてね、私を手招きしながら呼ぶんだ」
――――儚くも崩れてしまった。
……さて、話の裏に国王陛下がいることはこれで明確となった。王族が関わっていることや、昨日の男の様子を見るに薄々はそうではないかと感じていたが、そんなことはあるはずないと思考の隅に追いやったことが現実となった。
(さらば俺の安寧の日々……)
ははは、昨日まではただの城勤めの一人にすぎなかった俺が、何の因果か王族に関わるような事態になっちまった……
……いや、王族との繋がりがないわけでもないか……
ふと、俺の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。
だが、これだけではなんで俺が呼ばれたのか分からん……
この英雄様は別として、どうして俺が……
「大丈夫かね? 顔色が悪いようだが……」
また一人、思考の海に潜っているといつの間にか英雄様こと……ヴォルフさんが俺の顔を覗き込んでいた。
俺は、それに気づくとはじかれた様に顔を上げた。
「いっ、いえ! 何でもありません。どうぞ、お話を続けてください」
俺はそう返すしかなかった。
「そうか、では話を続けさせてもらおう。さすがの私もいきなり陛下とお会いすることになって驚いたが、それよりも驚いたのは陛下のお顔だった。元々、体調を崩していらしたことは遠方に居ても耳に届いていたが、あの憔悴しきったお顔は別のことが起因しているように思えてな……」
そこまで、言い切ると彼は一瞬間をおいてから話し出した。
「……陛下が私に頼まれたのは人探しであった」
「……人探しですか」
「ああ、そうだ。人探しだった」
どんな依頼を受けたのかと身構えていただけに、人探しというのはまた随分と俺の想像していたのとは違う話だ。
だが、人探しを頼まれたと言った彼の顔は非常に困ったような、またどこか悲しげな雰囲気を纏っているように見える。
「それでな、私が探してくれと頼まれたのは……」
そこまで彼が声を発した時、不意に扉の開く音が休憩室の外から聞こえてきた。誰かが倉庫に入ってきらしい。
「おそらく、私とは別の交代要員が来たようです」
頭の中でアクセルの顔を浮かべつつ、俺はいつの間にかそんなに時間が経っていたのかと思った。
「そうか、今の話はとりあえずここまでにしよう」
そう言うと、ヴォルフさんは立ち上がった。
「ライナス君、仕事が終わった後に話す時間はあるかい」
「ええ、今日は特に問題ありませんが……」
例え、用事があったところでこの一件を優先すると思うが……
「それよりもヴォルフさん。どうやってここを出るのですか? 誰にも気づかれないようにここにいたということは勿論アクセル……今来た交代要員にも姿を見られてはいけないのでは?」
俺は疑問に思ってそう言った。彼がそもそもどうやってここに一時間も誰にも気づかれずにいたのかは別として、今この場所から出るためのドアは一つしかなく、受付に俺が居ないのを見たらアクセルは確実にここに来る以上、どうやってもその存在を気付かれてしまう。
だが、俺の心配をよそにヴォルフさんはただ笑うだけだった。
「何、心配はいらないさ。ここから誰にも気づかれずに出るなんて造作もないことなのだよ」
「いや、いくら何でも……」
ガチャッ
休憩室の扉が開く音がして、思わず立ち上がりながら俺はそっちを見てしまった。
(まずい、ヴォルフさんがまだ!)
「あれ、ライナスさんもういらしていたのですね」
案の定部屋に入ってきたのは同僚のアクセルだった。
「ああ、まあな……」
俺はアクセルに答えることよりも隣にいるヴォルフさんの事をどう説明しようかということで頭がいっぱいだった。
だが、俺のそんな気を知ってか知らずかアクセルは部屋に入ってきてしまった。
(おい、お前もこんな見ず知らずの男がいる中で何いつも通りに行動してんだよ!)
俺はアクセルのこの行動に毒づいてしまったが彼の返答は意外なものだった。
「それにしても、珍しいですねライナスさんがこの時間におひとりで休憩室にいるなんて、いつも朝の時は受付にいらっしゃるのに」
……は?
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