第6話 奇妙な遭遇
あれは俺の幻覚だろうか。それとも、噂に聞く次元を超えて出現した異界の生物とやらに遂に遭遇してしまったというのか。
目まぐるしく動く俺の思考、急速に早まる俺の鼓動。今俺は自分が遭遇した未知の存在に明らかに参っている
俺は突然吹き出してきた妙な額の汗の存在を感じつつ、改めその黒い物体を見ることにした。
(もし、異次元からの脅威だったらどうする。今の俺に掛かっている魔法は入室時の義務である精神強化魔法だけだ。いやそれよりも、そんな未知の存在に俺の常識が通用するのか)
頭に浮かぶのは得体のしれない何かへの恐怖だけ、だがその影をじっくりと見た瞬間俺の恐怖は疑問へと変わった。
(うん? よく見れば得体のしれない何かではない。あれは……人?)
俺の目の前にいたそれは、確かに人だった。黒いフロックコート着た男性と思われる人物が、床に這うようにして木箱と壁の隙間に手を突っ込んでいた。
「ぬぉー、と、届かぬ……届かぬではないか!」
しかも、男は何か唸っていた……悲痛な声で……
(なんだ、あれは……なんか妙な男が何かわけのわからんことをしてるぞ……)
未知との遭遇を危惧していた俺は本日二度目の肩透かしを受けた。
(いやいやいや、なんか今フツーにこの状況に流されそうになったが、あの男はいつの間にあそこに現れたんだ! 俺が入った時は確かに誰もいなかったし、先に出たハインリヒだって誰もいないと言ってた! あいつは何処から、どうやって……)
一瞬の間をおいて俺の頭の中を疑問が埋め尽くした。
「おい、後ろにいるそこの君! ただ立っているだけなら手伝ってくれんか! 木箱と壁の間に転がっていった銀貨が取れんのだ!」
俺が、どうすればいいか悩んでいると突然、男が呼び掛けてきた。
(気付かれてる!)
突然声を掛けられ俺は動揺した。だが、突然部屋の中に現れるような芸当が出来る男。気づかれているのも当然なのかもしれない。
「おい、聞いているのかね!」
どうしよう……この男が何者かは分からないが、敵意はないようだし、それよりも困っているようだから……
「おい、だから手伝ってくれないか?! なぜか、ここだと魔法もうまく使えないし、このままでは私の銀貨が……」
「あーとりあえず、その木箱を動かせば良いんじゃないですか」
「だから、何故か魔法が使えんのだ! 私一人ではみるからに重そうな木箱を動かせるわけ……」
「それほとんど空なんですよ」
「……へっ?」
そう、一見重そうに見える四つの重なった木箱だが、実際は中の備品のほとんどを使ってしまったから全然重くなく、それどころか下の二つは完全に空である。
「……」
男は無言で立ち上がると、木箱を両手で十センチほど右にずらし、出来た隙間に体を入れて、銀貨を取った。
そして、また無言で木箱を元に戻すとクルっとこちらを振り返った。
(意外と強そうだな……)
それが俺の第一印象だった。
男は真っ直ぐ背筋を伸ばして立っていて、身長はおそらく百九十センチほど。着ているのは上流の商人が身につけているような上物のシャツとズボンに黒のフロックコート。さっきは気付かなかったが腰には剣を差していた。体格は身長のわりに細身に見えたが、か細くはなく、俺の記憶にある王宮騎士団の団員のような鍛え上げられた肉体が背広の下に隠れているのだろう。
柔和な顔立ちをしているが瞳の奥には力強さが見える。黒というよりも濃い青に近い髪と合わせて、年は若く見えるが、その瞳の強さからおそらく自分よりもいくらか年上だろう。
「いやぁ~助かった!ありがとう!」
さて、そんな男面の第一声はこんなお礼だった。
「いえ、別に大したことじゃ……」
「うむ、そういえばそうか! では、まあ……どもっ! くらいの感謝で良いか!」
「……」
何だろう、少ししか会話していないが、そう言って笑顔で俺に片手を挙げる相手を見るにどうしようもなく厄介な雰囲気が感じ取れる。
(悪い人ではなさそうだが……)
これからどうしよう、と考えているとまた、相手が口を開いた。
「ところで、突然で悪いが、ライナス・クルトナーという者を知らんか? 私は彼に会いに来たのだが……」
そう彼が言ったのを聞いて俺はハッとした。
突然起きた奇妙な出来事の連続で一瞬、忘れかけてしまったがそもそも俺は今日ここで王室の命を受けて男と会う約束をしていたのだった。
そんなことを聞いてくるってことはおそらく彼が約束の相手なのか?
「どうしたのだ? 急に固まってしまったようだが……」
(おっと、急に黙っちまったから相手さんも不審に思っている様だ)
(急なことで俺もフリーズしちまったが、相手が来たなら仕方がない。ここはさっさと要件を済まそう)
パッと頭の中で切り替えると、俺は動揺を心の奥に押し鎮めながら、答えた。
「ええ、俺が、いえ自分がライナス・クルトナーであります」
とりあえずは敬礼もした方が良いだろう。そう思って俺は右手を胸の前に掲げて敬礼した。
「おおう、そうだったか、そうだったか。いやぁ、ようやく会えたな。かれこれ一時間ほど待っていたが、ここに居たのは別人だったし、あまりにも暇すぎてうろうろしてたらなんか妙な気分になるし、まあ、面白かったから良しとしよう!」
そう言ってカラカラと笑った。
(いっ、一時間もいただと?! そんな、そんなことが……)
何気なしに相手の男が言ったこの言葉、しかしその言葉は俺にとっては驚くべきものだった。
(この倉庫にいて、管理人でもないのに“一時間も”正気でいられるものか!)
そう、この倉庫内は古代の魔法の影響で時間の流れがおかしくなってる。それを耐えるには俺達みたいに管理人となる為の特別な訓練を受け、初代の管理人が独自に作り上げた精神強化魔法を自身にかけないといけない。
そうしなければ、相当精神の強い奴でも十分もいればおかしくなっちまう。しかも、この男が口にしたようにここでは警備も兼ねて管理人として魔術的に登録されている奴以外は魔法を使うことが出来ない。
ということはだ。彼は魔法もなしに一時間もいたってことだ。しかも誰にも気づかれずに……
「あっ、あんたここに居たって言ったな。一体どうやってそんなことが……」
俺がどうにかそう声を絞り出すと、男は近くの丸椅子に座りながら事もなげに言い放った。
「特に何もしていないが……」
「そんなわけあるか! どんな訓練を受けた騎士だってここではまともでいられない!なのに、それをハインリヒたちに気付かれもせずに一時間もいるなんて……」
思わず言葉を荒らげると男は軽く首をかしげながら、
「まあ、確かに妙な時間の流れと空間のゆがみがあると思ったが……まあ、そんなもの体の感覚を合わせれば良いだけで済むのだが……それに彼らは随分と疲れていたから、目的の人物でもないことだし、気付かれんように気配を消してそっとしていただけだからな」
あっさりとこの男は言ってのけた。
もはや、俺ではどう理解してよいのかわからなくなった。
たくっ、昨日の手紙といい、目の前の男といい一体全体何なんだ。俺の平穏な日常はどうしてこうわけが分からなくなっちまったんだ。
「もういい、あんたは一体誰なんだよ……」
とうとう俺は、そう吐き出すしかなかった。
すると男は、待ってましたと言わんばかりに得意げに胸を張って言い放った。
「私か? ゴホン、私はカールスライト。カールスライト・ヴォルフ。これでも冒険家として名が知れていると思うがね」
「カールスライト……ヴォルフ……」
その名前、どこかで聞いた様な……そして、ある人物とそれが重なった。
まさか、まさかまさかまさか……
その名前、そしてその特徴的な髪色!
確か、背はそれくらいで年は俺の九つ上で……?!
「あっあんた、いや貴方は……」
もう、俺の声は震えていた。だって……
「あ、“青のカール”なのですか……」
すると彼は更に得意げに、言われた言葉を子供っぽく誇るように言った。
「うむ、そう呼ばれたこともあるな。だが、私としてはせめて名前を略さんでほしいところだがね。この名前を気に入っておるのでな」
だが、俺は彼のそうした反応にも何も答えられなかった。
――――だってそうだろ。
あの、伝説の英雄が目の前にいるのだから……
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