第9話 消えた王女
私ことカールスライト・ヴォルフが王城に呼ばれ陛下の下に連れていかれてから数分、重苦しい空気の中、陛下がゆっくりとお言葉を発した。
「よく来てくれたなカールスライトよ。長旅から戻ったばかりということもあって疲れておると思うが、余の話を聞いてはくれぬか」
ひどく衰弱したご様子だったが、それでもこちらを真っ直ぐと見つめつつ陛下は語った。
「はっ、勿論でございます。陛下のお頼みとあらば、このカールスライト、全力で陛下のお望みをかなえる所存であります」
「ほっほっほ、そう言っていただければ頼もしいものだ」
「して、此度は何を致しましょうか? 悪霊か、巨人か、悪竜か。はたまた東の暗黒部族ですかな。しかし、どれが相手であろうとも一切の心配はござりません。私が一太刀で切り伏せて見せましょうぞ」
前の出来事を振り返りながら、陛下のお言葉より先に私がそういうと、陛下は笑みを浮かべつつも首を左右に振った。
「確かに君の腕前は知っておるが、此度は君の剣の腕を見込んで頼んでおるのではない。君の人柄を買って頼んでおるのだ」
「私の人柄でございますか……」
さて、どういうことだ。今までこの剣の腕を買われたことがあったが人柄を買われたことはなかった。こんなことを自分で考えるのもなんだが確かに私は人を騙したこともなければ利用しようとしたこともない。それは私の性分ではないし、なにより私はそういう腹芸が苦手なのだ。
「カールスライト、君の誠実で実直な人柄を買って頼みたいのだが、娘を探してはくれんか」
「はっ……承知いたしました。しかし、それはいったいどういう……」
反射的に了承してしまったが、娘ということは二人いる王女どちらかが行方が分からなくなったということか?だが、そんな一大事だというのにこの王宮の静けさはどういうことなのだろうか?
私の感じたかすかな違和感に対する回答はすぐに陛下からもたらされた。
「そなたが今感じているであろう違和感は正しいものであると余は思っておる。だが、まずは事の発端から話さねばならぬだろう。姿を消してしまったのは余の二人目の娘リエーラだ。四日前の夜を最後に誰もその姿を見ておらんのだ」
「リエーラ姫様が行方知れず、それは一大事ではございませぬか。それでしたら早速騎士団を動員して捜索を……」
「いや、それはならぬのだ」
私の言葉を遮って強い口調で陛下は言った。
「ならぬとは……どうしてでございましょうか陛下。それでは捜索も難航してしまい……」
「ならぬものはならんのだ」
そう言い切ったころ。傍で控えていた宰相殿が一歩進み出て言葉を繋げた。
「ヴォルフ殿、陛下も私も此度の失踪の裏にこの王宮にいる何者かの手引きがあったのではないかと考えているのです」
「それはどういうことでしょうか? まさか王宮の関係者による誘拐事件であるとお考えなのですか」
つい、言葉が出てしまうと、陛下も宰相殿も押し黙り、やがて「そうなのです」と宰相殿が重い口を開いたのである。
宰相殿の話では四日前の夜、王宮ではささやかではあるが晩餐会が開かれることになっていた。出席するのは陛下を始めとする王族と一部の政府中枢の関係者のみ、その中には当然宰相殿と陛下、そしてリエーラ王女も含まれていた。
そのほかの出席者は第一王女のマーサ様、第一王子のランドルフ様、王立魔法科学アカデミー学長のクラウディオ殿、王宮騎士団長のエドアルド殿であったという。
晩餐会が開かれたのは王宮の二階にある王族専用の食堂で、初めにいらしたのはマーサ王女とクラウディオ殿のお二方、それから少し遅れてランドルフ王子とエドアルド殿がいらしたそうである。宰相殿は更に数分後に陛下と共に食堂にいらした。しかし、それからいくら待ってもリエーラ王女が姿を見せず、予定していた晩餐会の開始時刻を過ぎたので侍従が王女の私室を訪ねたが返事がなく、暫く待った後に再度部屋を訪ね、その時は扉を開け、中に入ったものの姿がなかったという。
すぐさま、陛下の命を受けて侍従達が辺りを探したが見当たらず、晩餐会が終わるまでリエーラ王女を見つけることは出来なかった。
第二王女の失踪という近年まれに見る一大事であるが、このことが国民に広まるようなことがあれば大きな動揺を招きかねないことから、かん口令を敷き、侍従達には一切口を噤むように命じたのであった。そして王女の捜索は国王陛下自らが指揮を取り、信任の厚い者達に行方をあたらせることにしたのであった 。
一連の出来事に対し第一王女及び第一王子も積極的に捜索に協力する姿勢を見せ、独自に人員を派遣し、捜索を行わせると陛下に申し出た。以後、現在に至るまで陛下を含む三者からそれぞれリエーラ王女を見つけ出すべく動いているとのことであった。
「なるほど、それは頼もしいものですな。それだけのお人が動かれているのであればすぐにでもリエーラ様の行方を捜すことが出来るというものです。して、私はその捜索中に王宮内に潜んでおると思われる何者かの邪魔が入らぬように目を光らせておればよいということですかな」
私がそのように返答すると、陛下と宰相殿は首を横に振られた。
「そうではないのだカールスライトよ。余がそなたに頼んでおるのはその反対でな。余の家臣達にマーサとランドルフの手の者を監視させ、その間にそなたにリエーラを探しだしてほしいのだ」
陛下は声を絞り出すようにして私に命じられた。
だが、その返答は私にとって大きな困惑を引き起こすだけであった。
「陛下が他の捜索隊を見張ると言うのですか? ご冗談を、それではまるでマーサ様とランドルフ様をお疑いになられているように……」
そこまで言いかけて私はハッとした。陛下と宰相殿は私が口を開くと共に黙って下を向いた。
陛下の瞳には深い悲しみの色が見て取れた。
「余も疑いたくはない。だが、それしか考えられぬのだ。余とて、マーサやランドルフがあの子とうまくいっておらんことは知っていた。それどころか互いの関係にはもう修復不可能なほどに亀裂が入ってしまっていることも薄々は感じていた。それでも、血を分けた兄弟なのだから一線は越えぬものと考えていたが……」
そこまで一息で話すと、陛下は一拍置いて、重く、息を吐きだすように続けた。
「余の見通しが甘かった。あの子の卒業が近づくにつれ、彼らの中で不穏な動きが見えるようになった。マーサは学院との関係性強化と影響力を強め、ランドルフは以前からその兆候はあったが、本格的に独自の軍事組織を作り上げ、今では王宮騎士団に次ぐ勢力を築いておる。どちらもあの子の王位継承が学院の卒業により現実味を帯び始めたからだ。無論、余がまだまだ力のあるところを見せていればこうもあからさまなことはしなかったと思うが……」
すると、ゴホッ、ゴホっと陛下はせき込んだ。
「このようにな、余が体調を崩してしまったことも、この動きに拍車をかけておる。医者の話では暫くは問題ないようであるがな。だが余の影響力が弱まっていることには違いない。」
私が黙って陛下の話を聞いていると、陛下も一度話すのをやめ、私の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
「陛下、いかがなさいました?」
「いや、ここまでふがいない話を聞いてもらっておるのに、そちらがいたって真剣なまなざしでおるものだから感心しておるのだよ。もしも同じ話をそなた以外にするものならすでにあきれ果てておると思ったからのぉ」
「はっ、恐縮です」
私がそう答えると、陛下は口元に笑みを浮かべた様だった。
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