第10話 話を終えて
「……それからの話は簡単であった。私は陛下から秘密裏にリエーラ様を見つけ出すよう頼まれたのだが、いかんせん私はここ数年の間王都を離れていたのでな。生憎、今の王都の情勢には疎く、誰か案内をつけてほしいと頼んだところ、宰相殿から適任者が一人いると言われ、こうして君を紹介されたというわけだ」
おおよその流れは分かってくれたかな、と言ってヴォルフさんはこちらをジッと見てきた。おそらく、こちらの返事を待っているのだと思ったが、そんなこと今の自分には関係なかった。
はっきり言って、今の自分は混乱の最中にある。第二王女の失踪と王子達の陰謀の影、そのような国家の一大事をただの倉庫番に過ぎない自分に言われたところで一体どうすれば良いというのだ!
(何が一体どうなっているんだ? この話は本当なのか?ヴォルフさんの作り話なんてことはないか? いやいやいや、この人はそんなことしないし、第一、前日俺に接触してきたあの役人は何だったのか、って話にもなっちまうじゃないか! あああああ、考えがまとまらない!!)
それともう一つ。あのリエーラ姫様が行方不明……
姫様の名前を耳にした時、ドクンと心臓が大きな音を立てたのを感じた。
脳裏にはあの穏やかな笑みを浮かべた顔が思い浮かぶ。
なんとなく、もやもやとした感情が沸き上がる。何かが、思い出せそうで、思い出せないときに、沸き上がる、あの感情が……
もう正直なところ、突然の話に俺の脳はパンク寸前でその場で頭を抱えて座り込んでしまったくらいだった。
そして、俺のそんな様子をヴォルフさんは驚いた様に目を丸くしていた。
「ほほう、どのような反応をするのかと思ったら、真顔で数秒立ち尽くしていたと思ったらいきなり奇声を上げて座り込むとな!」
そして、ひとしきり困り果ててうずくまる俺の隣で笑い声を上げていた。
それから俺がどれだけ頭を抱えて唸ったかは分からない。ほんの数分の出来事だったのか、それとも数時間だったのか、暴走していた俺の頭は騒ぎ続けたことにつかれたのか、ふと、落ち着きを取り戻した時、ヴォルフさんは近くの石に腰かけてぼんやりと木々の合間に見える夜空を眺めていたのが見えた。
俺が自分を見ていることに気付いたのか、やけにのんびりとした口調でヴォルフさんは言った。
「落ち着いたかね」
「……ええ、まあ少し……」
立ち上がりつつ、そう言った。
「まだ、完全に受け入れられたわけではありませんが、とりあえず昨日からの一連の流れは分かりました」
「ほう、思ったよりすんなりと受け入れたようだね。私は、いきなりこんな話をされたらもっと取り乱すものかと思ったよ」
そして、この話を辞退しようとする。そう、ヴォルフさんは続けた。
「自分としてもこんな話普通は信じませんよ。例え事実だとしてもいつもの自分なら二の足を踏むでしょうね」
「ふむ、何かこの話を受け入れる事情があったということか。もしかすると、それが他の誰でもない君を宰相殿が紹介してくれたことと関係があるのかな」
そういうふうに呟くヴォルフさんの瞳には先ほどまでのおっとりした姿とは違うベテラン冒険者としての鋭さが感じ取れた。
「……職業柄色々な話が耳に入るんですよ。それはもう、小さなゴシップからちょっとした国家の機密まで」
人間関係だって知りたくもないのに勝手に大きな相関図が出来るくらいわかってしまう。王国の倉庫番は物だけでなく王国の記憶の倉庫番にもなると、先輩が言っていたことが骨身に染みる。
そうやって先月仕事を辞めて故郷に帰った先輩に思いを馳せていると、ヴォルフさんは人懐っこい笑みを浮かべていた。
……それに、あの姫様が……
また、思考の海に沈みそうになるが、俺は頭を振って脳裏によぎった記憶を脇に追いやった。
「君はどうやら、時折、思考をどこかへ飛ばしてしまう癖があるようだね」
彼の発言に、ふと自分が先ほど頭を抱えていた時の事が頭に浮かび、急速に恥ずかしくなった。
「いや、その、すいません。倉庫番なんてしているとボッーとしてる機会が多いせいか、ついつい、思考を飛ばしてしまうというか」
そして、ちっと前にそのせいでセライナに頭をはたかれたことを思い出した。
(またやっちゃったのか……)
会話中だというのに、ついぼんやりとして違うことを考えてしまう自分を情けないと思う。だが、ヴォルフさんはそれを気にした素振りもなく、ただ笑って、
「そういう君の方が一緒に仕事をして楽しいかもしれないな」
と言った。その笑顔には何の裏表もないように思え、ひねくれものであると自負している自分にも素直に好感が持てるものだった。
「さて、おおよその事情を分かってくれたところでなんだが、今日はもう遅いし、捜査は明日からということでいいかね」
そう言ってヴォルフさんは座っていた石から「よいしょっ」とまるで爺さんみたいな掛け声を出しながら腰を上げた。
「ええ……わかりました……うん?」
はて、あまりにも自然に出た言葉に思わず、了承してしまったが、彼は今なんと?
「ところでヴォルフさん。今、明日から捜査を始めるとおっしゃいましたか……」
「うむ、言ったが?」
「それは私も一緒にということで……?」
そう俺が言うと、彼は首をひねりながらこう返した。
「君がいなければ私は何もわからないのだから当然であろう?」
……まあ、彼がそういう風に返すのはわかりきっていたことであるが、言わずにはいれなかった。
「あの――自分は明日も倉庫で仕事があるので朝からはお手伝いできないのですが……」
こう聞きつつも、俺はすでに相手の回答が分かる気がする。
ヴォルフさんは得意げな顔すると、ポンッと俺の肩をたたきながら言った。
「おお、そのことなら心配するな。君がこの件に専念できるよう、すでに休暇の申請が出されておる。君は何も気にすることなく、捜査を手伝ってくれて構わんのだ!」
俺はそれを聞いてガクッと肩を落とした。
わずかであるけど……情報だけ話して「ハイ、お終い。君は仕事に戻っていいよ」って言われるかと思ったけど、やっぱりそんなことはないか。
(そうだよな……国の秘密に関わるようなことだもなぁ……逃げられるわけないよなぁ……)
だが、それと同時にこの一件に関われることにホッとしている自分がいる。
この話を聞いて、何も知らないまま事態が進むことを俺自身が何処か納得していないのだ。
(どうやら俺の運命は、あの日、飯屋で問いに「イエス」と答えてから決まっていたようだ……)
俺が心の中で渦巻く複雑な感情にどうすべきか思い悩んでいると、ふと顔の近くで気配を感じた。その方向を見ると、ヴォルフさんが間近で俺の顔を凝視していた。
「ぬぉ! 何してるんですか!」
思わず変な声が出た。そして、俺は自分でも驚くほど素早くヴォルフさんから飛びのいていた。
「いやぁ、君がまた無言で百面相を始めたから観察していたんだが……君はその状況になると近くで何が起きていても本当に気づかないのだな……」
彼の表情は感心しているようにも見えたがなんとなく呆れている様にも感じた。
「いやぁ……すみません」
「うーむ。人前で手品をしたのは五年ぶりだというのにまさか無視されるとは……」
ヴォルフさんは顎に手を当てながらそんなことを言った。
「うへっ! 手品をやられていたんですか。ちょっと見せてくださいよ!」
なぜ手品を? と言った疑問や、先ほどまでの葛藤などなんのその。とりあえず、ものすごく気になってしまったため、気づいたらそのような言葉が口から出ていた。
「いや、流石に同じのを二回やるのはなぁ……」
「いやそこを何とか……!」
結局、俺はそのあと何度か頼んでみたがヴォルフさんは俺に手品を見せてくれなかった。少し、残念である。
ともあれ、そんな下らない話をしているうちに俺の腹も決まった。
「よし、ヴォルフさん。それじゃあ明日からお願いします」
俺がそう言ってヴォルフさんに手を差し出すと、彼は意外にも驚いたような顔をした。
「どうかしましたか?」
そう聞くと彼は苦笑しつつこう答えた。
「いや、先ほどまでの君の様子からそんな答えが出るとは思わなくてね」
「そうですか?」
「ああ、だって君はずいぶんと嫌そうな顔をしていたからね……」
俺は両手で自分の顔を触った。
「そんなに、顔に出てました……?」
自分では隠していたつもりだったので、そう返すと彼はキョトンとした顔をした後、真顔でこう言った。
「……いや、あの百面相を見れば誰だって……ねぇ」
「……あっ」
俺は猛烈に恥ずかしくなってその場にしゃがみ込んだ。
「さて、私はもう行くが、まあ、明日から頼むよライナス助手……」
その言葉を聞いてピクッと俺の耳は動いた。何というか、恥ずかしさでまだ立てないものの歴戦の英雄から助手と呼ばれるのはなんだか心地よい気分がした。
「はい、よろしくお願いします、ヴォルフさん」
そして、俺は彼の顔を見つつそう返した。
「うむ、よろしくな」
朗らかな声で返すと、そのまま歩いて行った。
彼の後姿を見ながらふともう一つ、この話を受けたときに浮かんだ疑問を口にした。
「ところでヴォルフさん?」
「なんだね」
彼は立ち止まり、こちらを振り返りながら答えた。
「素朴な疑問なんですがどうして自分なんですか? 俺でなくてもあの倉庫で働いていれば色々と情報は耳に入りますよ。それに、もう退職された方のほうが詳しいかもしれませんし……」
そう、それこそ、少し前に辞めたあの先輩だっていろいろ知っているはずだ。
「ああ……それはだね」
「はい……」
なんだろう、もしかして俺は知らないうちに王宮から高い評価を受けていたのだろうか。サボりもせず、聞かされる愚痴の嵐にも屈せず、今まで勤め上げた俺の国への献身が知られたのだろうか。柄にもなく、ドキドキする……
「君が秘密をしゃべるような親しい人がおらず、君のことは王女派も王子派も気にも留めていなくて、かつどんなに面倒な仕事も律儀に受けていたからだそうだ」
……へっ?
「あの――それは褒められているのでしょうか……」
そう聞くとヴォルフさんは首をひねりながら答えた。
「評価……されているのではないか? 宰相殿も君のことを私に紹介するときに、こんな路傍の石ころみたいな男がこの状況を打開する切り札となるだろう。なぜならこやつの存在は上司ですら失念していたのだから、誰からも警戒されずに捜査に協力できるぞ! と言って喜んでおられたのだからな」
「はは……そうですか」
「はて? どうかしたか?」
「……いえ、なんでもございません。お休みなさい、ヴォルフさん」
「おお、では明日から頼むぞ!」
そう元気に答えて、今度こそヴォルフさんは去っていった。
まぁ、あれだ。このような大役を命じられたことは嬉しいし、何よりも自分の中で放ってはいけない問題だという意識もあった……
でも……つい、先日までの自分に言いたい。そこまで頑張らなくてもよいと。面倒な貴族の愚痴を最後まで聞かなくてもよいのだと。ちょっとした失言に後悔しなくてもよいと。何故なら相手は一ミリも俺のことを気にしていないのだから……
俺はぼんやりと先ほどまでの全ての話を一瞬だけ脇に置いて夜空を見上げた。木々の間からは月が見え、それは何ともきれいに思えた。なんとなく夜風が目に染みたが、これはきっと何も関係がないのだろうと自分に言い聞かせた……
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