第11話 いつもの朝、新しい仕事
ヴォルフさんと別れた後、俺はそのまま下宿先の部屋に戻って寝ることにした。正直な所、あまりにも自分には過ぎた話の連続を聞かされただけあって俺の体はクタクタで、飯を食べる余裕も残ってなかった。
それでも、ベッドに潜って明日から始まる捜査のことで緊張して寝むれなくなる様な事は起きず、ぐっすりと眠ることができた自分を少し褒めたい。
翌朝、目が覚めるとすでに周囲が騒がしい気がした。どうやら寝過ごしたらしい。下から聞こえる音からしてそろそろ店の開店時間のようだ。
「寝すぎたなぁ……」
ベッドから身を起こすと、俺はそこで自分が昨晩着替えもしなかったことに気づいた。そのせいで制服にはしわが寄っていた。
「俺としたことが、制服を脱ぐのを忘れるなんて……」
どんなに疲れていても俺はいままで制服を脱ぐことを忘れたことはなかった。なんせ、少しでもしわが寄っていると倉庫を利用する連中に睨まれるし、第一、こんな格好のまま寝ること自体、夢の中で迄仕事のことが出てきそうでいやだったからだ。
「昨日は規格外のことの連続だったからな。しょうがないか……」
自分にそう言い聞かせ、そろそろ部屋を出ないと、そう思った時にふと気づいた。
「そういえば、どこでヴォルフさんと待ち合わせするか決めてなかったな」
なんでそんな大事なことを決めなかったのか自分でも不思議だが、まあ、あんな話を聞いた後だからだなと自分を納得させた。何も言わなかったんだし、倉庫に行けば会えるかもしれない。
「コンコンッ」
すると誰かが俺の部屋の扉をたたいた。
「はい?」
返事をすると相手はおかみさんだった。
「ライナスさん、起きてますか?」
「ええ、どうかなさいました?」
おかみさんがここまで来るのは珍しい。普段はどんなに俺が遅くまで寝ていても部屋まで来ることはないし、ただ俺の分の朝食を下げてしまうだけだ。むなしい……
「それがね、あなたを訪ねに人が来たのよ。カールさんって名乗ってたわ」
「えっ!」
俺はそう答えると、ベットから立ち上がって急いで扉をあけた。
「ヴォルフさんがいらしたんですか!」
「ヴォルフ……? カールと名乗っていたけれど……なんか背の高い強そうな人よ」
おかみさんはいきなり俺が飛び出してきて怪訝な顔していたがそう答えた。
「ともかく、開店前から店の前をウロウロしていてね。話しかけたらあなたに会いに来たっていうし……店の前に居られても困るから。今客席にいるから早く会いに行ってちょうだい」
あなたの分の朝食もそこに置いておいたから、おかみさんはそう続けるとさっさと立ち去っていた。
「うーん、ここに来るとは行動力のある人なのか。でも、こんな時間に来るのは非常識では?」
いくら開店時間の少し前とはいえ、この辺りに人が出てくるのはもう少し後のことになる。こんな時間にうろついていたら悪目立ちするだろうに……
「ああ、そうそう」
階段を下りた先からおかみさんの声がした。
「部屋を出る前にその服のしわは何とかした方がいいと思うわよ」
……とりあえずこの服を何とかしよう。
手早く身なりを整えて俺は階段を下りた。こういう時、魔法が使える自分が便利でよいと思う。なんせ、多少体力は使うが魔法の力があれば楽に服のしわを取ることができるからな。
……それくらいしか俺の魔力ではできないけれどきっとそこは気にしてはいけない。
俺が客席を覗くと、そこには優雅に紅茶を飲むヴォルフさんがいた。傍にはおかみさんの一人娘ケイティがそれはもう興味深々という顔でヴォルフさんのことを見ていた。彼女は俺に気づくとダッシュで駆け寄り階段傍まで引っ張った。
「おい、邪魔するなよ。俺はさっさと話しをしなきゃならんからさぁ……」
今ここでケイティにつかまるのも面倒だと思い、俺はしかめっ面で追い払おうとした。
「ねぇねぇねぇ! あの人誰! めっちゃ強そうでカッコいいんですけど!」
俺の話を無視してケイティがキラキラした顔で聞いてきた。さて、何と答えたものか。ヴォルフさんは“青のカール”の異名を持つほどの凄腕の冒険家ではあるものの、その方面に疎い人にとっては意外なほど知られていない。まぁ、本人も国にほとんどいないし、手記も出していないからそうだろうけど……
(でも、ここで馬鹿正直に話したら面倒だしなぁ……)
彼の功績は少しでも話してしまえばそれはもうすごいものだ。それこそ新しもの好きでいつも話に飢えている面食いのケイティなんて今以上に舞い上がるかもしれない。
「ああ、俺の同僚? みたいなものかな」
というわけで俺が絞り出した答えはそんなものだった。これから一緒に捜査をするのだし、明確に彼が上司というわけでもないし嘘ではないだろう。
「嘘」
でも、ケイティにはバッサリそう言い切られた。あれれ?
「なんで嘘だなんて思うんだ?」
「だって、あんたの同僚とか言うのはこの前の軽薄なのと地味な真面目君でしょ! あんな人がそんな場所にいるわけないじゃない!」
……どうにも言い返せないところだ。おそらくロッドとアクセルのことを言っているのだろう。あいつらとはここで飯を食ったことがあった。それに、確かにうちの部署にヴォルフさんみたいな人はいない、いや、絶対に来ないだろう。
うちに来るのは精神強化魔法とその耐性があるのが取り柄みたいなやつしかいないし、それに加えてほかの魔法が出来る人はヴォルフさんみたいな冒険家か実戦部隊の騎士団に入りたいだろうからな。
それに、耐性が生まれ持ってあるやつは努力しないでもうちには入れるからへらへらしたやつが多いし、地味な精神魔法を鍛える奴はたいてい只の真面目野郎だから……
俺がへこんでいるとケイティが揺さぶってきた。
「ほら、早く教えなさいよ! ねぇ!」
揺さぶられつつどう言おうか悩んでいると救いの手がカウンターから差し出された。
「ケイティ! そんなところで油売ってないで手伝いな! そろそろ、店開けるからね!」
おかみさんのその声で、「はーい」と返事するとしぶしぶケイティは引き下がった。
「後で聞かせてね!」
念を押されたがまあ、ほっとけばそのうち忘れるだろう。
「お待たせしました」
ケイティから解放された俺がヴォルフさんのところに行くと、彼は片手をあげた。
「いや、私が昨日どこで待ち合わせするとか言っていなかったからね。別に気にせんでくれたまえ」
そう言うと彼は食べかけのパンを持ち上げて言った。
「それに、美味しい朝食にもありつけたからね。君も食べたまえ」
「はぁ、ではそうします」
あまりにも堂々としたヴォルフさんに何も言えず、とりあえず俺は座っておかみさんの用意してくれた朝食を食べた。
俺は手早く朝食を食べると、客席にいると邪魔になると判断し、店を出て少し外を歩くことにした。外はまだ人々が動き出す前ということもあって静かなものだった。
「それで、捜査ということですがまずはどこから行くつもりなのですか?」
ヴォルフさんに聞いてみた。王女マーサでも王子ランドルフについても、調べることはあまりに難しいがとりあえずどちらかの情報を聞くだけなら自分でもできる。
「ふむ、そうであるな……」
ヴォルフさんは少し考えてからこう言った。
「正直なところ、国を離れていた時期が長かったこともあり、王女様も王子様についても私は幼い時のことしか知らんのだ。だから私個人からあれこれと言えるようなものがなくてな。できれば君に決めてもらいたい」
彼の回答はある意味予想はしていたが困ったものであった。自分が今まで聞いていた“青のカール”は何でも自分で決め、単独で大きな手柄を立ててきた。
今回の件についても知らないというのは建前で、自分なりの情報を集めているものと思ったが、彼の顔を見る限り本当に何も知らないようだ。
「そうですね……であればアカデミーに行くのはどうでしょう?」
「おう? アカデミーとな?」
「ええ、アカデミーは現在王女マーサ様の研究棟が新しく建てられたばかりで、工事の関係者も含め多くの人が出入りしていますから我々のような部外者が昼間から出入りしても怪しまれるようなことがありませんから」
「うむ、そうであるか。では、そうするとしよう」
そういうと、ヴォルフさんはニッと笑いタカタカとアカデミーの方へ歩いて行った。
……足が速くて追いつくのが大変だと思った自分は倉庫番のやりすぎで運動不足なのだろうと確信した。
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