第12話 アカデミーと魔法王国史

 王立魔法科学アカデミーは王宮へと一直線に続く大通りに面しており、王宮に次いで王都で知られた場所だ。アカデミーは学生の通う学舎のほか、学生寮や運動場も完備しており、広大な敷地面積を有している。近年は様々な分野の研究棟も学内に建てられ、学園そのものが王都内にある一つの町の様相を呈していた。


……ここを自分が卒業したのが随分と昔の様に感じる。


「十五年ほど前に訪れたきりだったが、アカデミーはずいぶんと様変わりしたようであるな」


アカデミーに到着したヴォルフさんはあたりを見渡しながらそうつぶやいた。


「ええ、特にマーサ様が学院の運営にお関わりになるようになってからそれはもう、ずいぶんと変わりましたとも」


「ほう、そうかね。むっ、あの建物群は私は見たことがないが、あれがここ最近に建てられたものか」


ヴォルフさんが指さす方向にはいずれも五階建てのレンガ造りの建物があった。


「はい、あちらの建物は昨年完成したばかりの研究棟で主に科学技術向上のための実験棟です」


「なんと、科学とな!」


「……ええ、科学技術の向上のためです。学院の中ではまだ、魔法研究の方が主流ですが、今では一大勢力を築いておりますからね」


「ほーう、あそこまで嫌っておったというのに、変わったものだのぉー」


 ヴォルフさんは目を丸くして驚いていた。まあ、無理もない。あの魔法至上主義のアカデミーで科学的根拠に基づいた学術研究が行われる日がやってくるとはつい最近まで誰も思っていないのだから。



 魔法と科学。その二つについて語るには面倒な背景がある。そもそも、この王国のある場所も魔法がなければ存在しない。学院に通った誰もが習うこの国の歴史。そこに魔法を極端まで信仰するこの国の本質がある。


 今から八百年ほど昔、魔法というのはこの星の誰もが使用することができたといわれている。しかしある日、空を禍々しい一つの彗星が通った時、魔法の力が失われ使えなくなったという。

 

 魔法が使えなくなったと言ってもすぐに全ての人々が使えなくなったわけではなかった。はじめは少し魔力が弱くなる人が出てきた。次に、一部の魔法が使用できなくなった。それからは一人、また一人と魔法を使えなくなる人が増え、そのうちにこの星の多くの人が魔法を扱う力を失った。


 それでもいくつかの国では魔法を扱うことはできた。しかし、そうした人々を襲ったのは魔法を使えなくなった人々であった。元々、魔力の在り方はまちまちであり、魔法を自由自在に使えるものもいれば本当にわずかな、小さな魔法を発現するだけでやっとという人もいた。そして、この世界の多くの人は後者であった。


 魔法を十全に使えない人々は魔法の力が全盛期の時代は迫害される存在であった。それが今や魔法の力がなくなったことによりそうした違いはなくなったのである。


 そうなると、虐げられていた者たちの力は大きかった。彼らは魔法の力を悪魔の力と言い、彗星は神が遣わした存在で、悪魔から力を取り上げたのだと主張した。そしてその言い分に魔法の力を失った国の人々が呼応し、魔法を失わず、いずれ自分の脅威となる魔法を持つ国に戦争を仕掛けた。

 

 単純に戦闘力という点では魔法を持つ者が圧倒的に強かったが、数の差、そして彼らの魔法を持つ者達への憎悪の大きさが勝敗を分けた。魔法を使えぬ人々は、魔法の力を悪魔の力であると各地に吹聴していた教会の下に集い、神の名の下に各地で魔法を持つ国々に激しい攻撃を加えた。


 やがて、追い込まれた魔力を持つ国の人々は自らが滅ぼされる前に逃げるべく、禁忌とされてきた次元を超える魔法を使い、この世界とよく似た世界を見つけ、その世界へと落ち延びたのである。魔法を使えない者達は次元を超えることが出来ず、魔法の力を持った人々はようやく安住の地を見つけた。

 

 しかし、その場所も安全ではなかった。その地にはかつての世界にはいなかったような多くの異形の怪物が棲みついていたのである。人々は怪物と闘いながら安住の地を探し、ようやく今、王国のある場所に腰を落ち着けたのであった。


 彼らはその地に国を創り、その身を犠牲にして次元を渡る禁忌の魔法を唱えた魔導士カルナードの名を忘れぬために新たな国の国名とした。そして、カルナードの盟友であり、新たな世界で国を築くまで人々を導いた魔導士ローワン・ヴェントナーを王とした。それが現在まで続くヴェントナー王家の始まりである。


 名君として名高いローワン亡き後も、彼の優秀な魔導士としての血は子たちへと受け継がれ、王国は代を重ねるごとに発展を遂げていく。四代目国王コルネリアスの治世に、ヴェントナー王家に反発した一部の貴族が離反し、地方に独立国家を築き、数年間にわたる戦争が勃発したものの、それ以外に治世はおおむね平和であった。それらは全て、建国以降、この国を支えた魔法の力によるものだった。


 その為に、カルナードにおいては何よりも魔法の力を第一とした。その反対に魔法の力を用いぬ技術の発達は、かつて自分達を迫害した魔法を持たぬ人々を想起させるとされ、生活に必要なごくわずかな技術を除き、それを学ぶことは許されなかった。


 それがこの国の歴史であり、極端な魔法崇拝と科学冷遇を生み出す原因となった。魔法の消失と別の世界、この世界の人々は裏の世界と呼ぶこの世界への一大移動は、時に十一世紀の初頭であったとされる。後に、表の世界から流入した情報によれば、魔法を持つ者の達への迫害は正義の名のもとに執行された十字軍活動の一環として記録され、それ以前のありとあらゆる魔法に関する記述は抹殺されたとされている。


 さて、そうした魔法偏重主義の横行する世界の中で肩身の狭い思いをすることになったのは魔法を使用するのに必要な体内の魔力量が少ない人々である。魔力量はその人が生まれ持って決まるものであり、どんなに努力したところで改善できるものではない。


 そうした人々は魔力で動作する魔道具を使用することがほとんどできず、日々の生活に困窮することになった。


 歴代の国王達は生まれつき魔力が少ない人々を弱者と呼び支援の手を差し出さなかったが、十代目の国王ジークベルトがこれらの人々が最低限度の生活できるよう、禁じられていた魔法に頼らない品の製造を認め、そのための施設を建てたのである。


 それにより、細々とではあるが王国において魔法の力の必要な物が作られるようになり、同時に表世界と裏世界を行き来する一部の魔導士によってもたらせられた表世界の技術が流入したことでそうした技術も向上した。


 だが、そうした変化が現れても魔法が極度に高尚な物であり、絶対であるという考えは変わらず、魔法研究以外で物を作る職人やそうした物を使う人々が表立って迫害されることはないとはいっても、冷遇され続けた。


 王立魔法アカデミーはその最たるもので、魔力が低く、そうした魔法の力に頼らない道具を使う人々を明確に差別し、内外に彼らの思う魔法のすばらしさとやらを説き続けていた。



 その環境に一石を投じたのが現国王ユリウスの長女であるマーサ王女であった。本人は類まれなる魔法の才能を持ち、とりわけ火と土に関する魔法で彼女の右に出る者はいなかった。彼女の発表した火の魔法に関する論文にはアカデミーの偏屈で自己中心的、そして何よりも自分たちが優れていると信じている教授たちもその才能を認めざるを得ないほどだった。

 魔法の申し子とまで呼ばれたマーサ王女が突如、科学技術を専門に研究する機関をアカデミー内に創ると言い出したのは今から六年前のことである。当然巻き起こった周囲の反対を王族としての権威を振りかざしてねじ伏せ、学内に研究棟を建てると、予算の配分で科学研究への増額を渋った学長を更迭し、クラウディオ・ベルクマンを新たに学長として任命した。以後、王女マーサと新学長クラウディオは反発する教授たちを抑え込みながら、科学研究を推し進めているのである。



「ふーむ、大体のことは予想がつくが、それでもいくつか気になることがあるな」


俺が昔アカデミーで習った王国史を思い返しながらマーサ王女のことについて話すとヴォルフさんはそう言った。

 

「なんです、それは?」


 そう訊ききながら二人でアカデミーの正門をくぐった。入口の守衛には俺が倉庫番として用があると適当に言ったが、特に疑いもせずあっさりと入れてくれた。


 「まず一つは、教授たちとの関係についてだ。いくらマーサ様に王族としてのお立場があろうとも、それをむやみやたらに振りかざしたところで教授たちがそう簡単に折れるとは思えなくてな」


 「……まぁ確かにそうですよね。これがマーサ様でなければこうも簡単に事が運ぶことはなかったと思います」


 「その理由は?」


 「それは簡単です。第一にマーサ様の魔法の腕前がそれはもう桁違いに優れていたこと。後はまぁ、話術でしょう」


 「話術とな?」


 興味深そうにヴォルフさんは言葉を返す。


 アカデミーに入った俺達は、まず科学棟の方へ向かうことに決め、そこまでの道すがら俺はマーサ様について知っていることを話し始めた……

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