第13話 第一王女マーサ・ヴェントナー
「ええ、先ほどお話ししたようにマーサ様の魔法の才覚にケチをつける人などいませんでした。特に、マーサ様の考案した新たな火の魔石は寿命が従来の倍も伸び、ここ二十年で最大の発明だとも言われています」
「そのことについてはわかるが、それとマーサ様の話術とどのような関係があるのだ」
「それについては簡単です。その魔石のことですが、当然魔石についての研究をしている方はほかにも多くアカデミーに在籍しておられますよね」
「ああ、それはそうだろう。魔石は生活必需品。日々の生活を送るだけでなくとも、魔法の研究にだって必須だろう」
魔石、それは魔法の力を込めた石。魔導士が自らの魔力を青眼石と呼ばれる魔力と相性の良い石に込めることで通常は使用すると発散される魔力をある程度の期間とどめておくことができる魔道具である。魔石には種類があり、それぞれ水や火などの属性に合わせた魔石が存在する。属性の込められた魔石は任意の魔道具にはめ込むことで込められた属性の魔力を発生させ、魔道具を動かすことができる。いわば魔石とは魔道具を動かすための燃料のようなものである。
「多くの教授達が長い間研究を行っても従来の魔石の寿命である十時間を超えることはできませんでした、しかし、王女の考案した魔石はその倍以上、二十二時間の魔力の保持に成功しています。そして、その魔石考案の基となった彼女の論文に記された魔法式を応用すれば他の魔石の寿命も伸ばせることが判明しています」
「それが素晴らしいことなのはわかる。だがそろそろ話術の関係を話してくれたまえ」
「はい、それはマーサ様がこの魔石を学会で発表した時のことです。王女は魔石考案のきっかけになったのは表の世界から手に入れた製品だったとのことです」
「製品? それはいったい何だね?」
「さぁ、詳しいことは俺も知りませんが、確か蒸気が電気がどうのとかおっしゃられていたようです」
「ふーむ、それで? マーサ様はなんと?」
「はい、マーサ様は停滞した今の魔術研究に一石を投じるには新しいものを知ることが必要であると繰り返しおっしゃられたそうです」
「新しいことを知る? 取り入れるではなくて?」
ヴォルフさんはマーサ王女が外部技術を積極的に取り入れることでの改革を訴えたと思ったようで、知るという表現には疑問を持ったようだ。
「ええ、そこが話の肝なんです。いくらその有用性を訴えたことで魔法を絶対視している教授たちに表の技術を取り入れるなんて考えは絶対に受け入れられません。それはもう、どんな屁理屈を言われるかは知りませんが必ずつっぱねたと思います」
「それは私も同感だ。あの者たちの魔法に対する姿勢はどこか信仰に近いものを感じる。特に、アカデミーの閉鎖的な環境はそれを助長してきたと言っても過言ではない」
「しかし、そうした考えが根底にあることから、逆に魔法に関する新たな発見、功績は素直に認める風潮もありますよね」
そう言うとヴォルフさんも頷いた。
「うむ、確かに魔法を絶対視する以上、自分たちの属する魔法の世界で成果を上げた者は公平に評価しようとしていたな。そうしなければ自分たちの反魔法に対する差別的な行いを正当化しにくいからな」
そう、この学院の教授たちは魔法こそが唯一無二の存在で、その発展こそがこの世界を守ってきたという歴史的な背景を誇りとしている。だからこそ魔法学における功績には出自を問わずに評価する姿勢を見せていた。
「マーサ王女はまさにその点を突いたのです。考案された新しい魔石も、その理論を証明した論文も非の打ちどころのないものでした。どんな嫌味を言いたくともあれにはケチの一つも付けられないでしょう。そして、マーサ王女はあくまで参考にした、表の技術はきっかけに過ぎなかったと言ったのです。表の技術を使ったのであれば文句の一つでも言えたでしょうがあくまで思いつくきっかけに過ぎなかったものに何かを言うことはできません。教授たちも常日頃から『視野を広くしろ、魔法学の発展に寄与するのは鳥の羽ばたきから、幼子の遊びかもしれんのだからな』と生徒たちに言っているのだからなおさらです」
「確かにそう言われてしまえば教授達も閉口するしかあるまいな。そして、一度でも表の技術、いわば科学を認めてしまえば後はどうとでもなってしまうということか」
ヴォルフさんはもうわかったようであった。
「これは私の想像だが、マーサ様は教授達に知ることは別に構わないという雰囲気を作り、その後で施設を建てた。その目的はあくまで展示、外部の技術を見て何かのきっかけにでもなればと思ったとでも理由をつけて。後は、展示品の修理や保全の名目で新しい施設を、そして今度はその修繕を行う人を育成すると言う。そうした感じで少しずつ認可させていく、こうしたことが出来るな」
ヴォルフさんの考察はおおむね当たっていた。
「付け加えるなら、その過程で過度に反対する人を少しずつ排除し、マーサ王女と志を同じくするものをアカデミーの中核に据えることで内部からも懐柔させたようです」
そのことに関しては、倉庫を利用していたアカデミーの関係者からいろいろと一方的に聞かされたものだった。俺にとってあれは他人事だったからあの偉そうな教授たちが飛ばされるのを面白おかしく聞いていたが、当事者としてはたまったものではなかっただろうと今更ながら感じた。
そうこう話しているうちに俺とヴォルフさんは数か月前に出来たばかりの科学棟の前に来ていた。建物を見て、ヴォルフさんは非常に驚いたような顔をした。まあ、無理もない。
――――俺が最初に見たときも、他の知り合いも皆同じような顔をしていたからな。
「……あれはコンクリート製であるか」
「流石はヴォルフさん。一目見てわかりましたか」
「……私も見たのは表の世界だけであったが……」
新しくマーサ王女の建てた研究棟はまさに異質であった。カルナード王国の建物の多くは石造りであり、レンガ造りのものもあるが、それは最近建てられたものだけであった。そうした中で、この研究棟はコンクリートと呼ばれる表の世界のもので建てられており、高さは5階、各階の窓ガラスから零れる明かりも魔石のものとは異なり、玄関のガラス張りの扉もここでは見たことのないものだった。何から何までも全て表の世界の技術のみで作られたこの施設はアカデミーの中でもとりわけ異様なものとして知られている。
「よくこれを建てるのが許可されたなぁ」
ヴォルフさんが興味深そうに眺めながらつぶやいた。
「これに関しては、俺もどのような経緯で建てられたかは知りません。分かっているのは現学長のクラウディオ殿がマーサ王女とお二人でお決めになられたということしか……」
それも、そのほとんどが学長室の中で計画が進められたらしく、側近でさえその内情は知りえなかったと倉庫に来た王女付きのメイドが漏らしていた。
「これにはマーサ様の並々ならぬ科学への情熱だけでなく、覚悟のようなものも感じられると思えますなぁ」
どこか遠い目をしながら眺めるその姿からヴォルフさんがマーサ王女の科学の発展を求める姿勢の裏にある何かを読み取ろうとしているように感じた。
「……それはもう強い覚悟があると俺も思いますよ」
気づいたときには俺もそうつぶやいていた。マーサ王女の科学へ向き合うその姿勢、それがただの科学への探求心や、科学を利用して魔法を極めようとすることではないのだろう。
俺がぼんやりとかつての倉庫でのやり取りを思い出していると、研究棟の入り口に人影が見えた。
「おや、あれはマーサ様ではないかな」
噂をしている人と出会うとは聞きますがまさかほんとにそうなるとは、と言ってヴォルフさんは笑ったが、俺としては何となく今顔を合わしたくない気分であった。
まぁ、当人からすれば俺なんて眼中にもないだろうが……
そんなことを考えているうちにマーサ様は何名かの研究者たちと共に研究棟から出てこられた。一般的な貴族の令嬢の服装とはかけ離れた表の世界一般で着られている白衣を身に着け、こちらでは珍しい眼鏡をしているその姿は、その人だと知らなければ誰も王女だとは思うまい。
ただし、彼女の眼鏡の奥にきらりと光る鋭い切れ長の瞳には他の者を威圧する王族としての風格と知性が秘められており、ただの研究者とも見えないだろう。
なんとなく王女のことを見ていたら彼女もこちらに一瞥したように思えた。その時、ほんのわずかな間ではあるがその瞳でジッと見られたような気がして寒くもないのに背筋が冷える感覚に襲われた。
マーサ王女は特にこちらに話しかけることもなく研究棟を離れて行った。彼女の進んだ方角からおそらくアカデミーの本館に向かうのだろう。
ふと、王女の離れた研究棟を見ると、入り口にクラウディオ学長の姿が見えた。さっきは王女に気を取られて気づかなかったが、おそらく見送りに来ていたのだろう。長身のクラウディオ学長は王女と同じく白衣を身に着け、分厚い丸眼鏡をかけていた。髪は肩まで伸び、頬が若干こけているように見え、目の下にクマがあるようにも見えた。やや猫背気味に立つその姿は、疲れているように見えるその顔も相まってまるで幽鬼だ。
クラウディオ学長はふらりとそのまま研究棟の中に消え、その後ろ姿からもますます人間には見えなかった。少し前に会ったときはあそこまで妙な様子でもなかったが、疲れてるんだなぁ……
なんて他人事みたいに思っているといきなりヴォルフさんがにゅっと顔を前に出してきた。
「ぬぁ!」
当然声も出た。というよりこのやり取りは昨日もしたような気がする。
「……またぼんやりとしてました?」
「うむ。ぼんやりとしていたな。それで、今度はいったいどうしたのかね? あの、ユラユラとしていた男のことか?」
ユラユラとしていた男とは多分学長のことだろう。
「あの男、見た限りかなりの手練れだな。まさか、本国にこれほどの使い手がまだいるとは思ってもみなかった」
「流石はヴォルフさん。見ただけで、わかりますか」
「それはまぁ……特に魔力量を抑えているわけでもないし、この距離だからなぁ……私でなくともある程度の魔法の使い手ならわかるのではないか?」
さも何でもないように言っているが、遠目から見て相手の魔力量を見て取れるのは一流の魔導士の証拠。俺なんかじゃさっぱりわからない。
魔導士の腕はその人物の生まれ持った魔力量による。そして、高い魔力量を生まれ持った魔導士は人よりも大きな力を手に入れることが出来る反面、大きすぎる魔力に振り回されることも多い。だからこそ自身の魔力を完全に制御できるのは才能だけではなく血のにじむような努力も必要となる。
それでも、強大な魔力を持つ人物は制御していても体外に魔力があふれてしまい、熟練者にはその存在を気づかれてしまうとは聞いていたが……
「間近で見るのは初めてだなぁ……」
「どうかしたのかね?」
「いえ、何も!」
思わず漏れ出た心の声にヴォルフさんが反応したがついごまかしてしまった。
前から実力が違うとは思っていたが、こうもさらりとそれを見せつけられるとなんか寂しいものがあるなぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます