第27話 忘れてはいけない、思い出
ヴォルフさんと別れ、俺は言われたことを思い返した。
「忘れていることねぇ……」
姫様との話。もし、重要なことを話していれば覚えているようなものだが、あいにく俺にはそんな記憶はない。
最後に姫様と話したのはいつだったか。俺の記憶が正しければもう一月ほど前だ。
姫様がいつものように倉庫を訪ねてきて、何かを預けに来たと言っていたような――
「そう言えば、あの時何か話したような……」
だが、思い出せない。記憶に靄がかかっているみたいだ。
その後も周囲をぐるぐるしながら考えたが思い出せず、俺は一度帰ることにした。
下宿に戻った俺はまたケイティにしつこくヴォルフさんのことを訊かれたが、適当にはぐらかしてさっさと部屋に戻った。
だが部屋に戻った俺はケイティとのやり取りに疲れてしまい、結局思い出すこともせずに眠ってしまった。
目が覚めた時にはもう夜になっていた。部屋には月明かりが差し込み、俺の薄汚い部屋を照らしている。
「あのまま寝るとは、俺も疲れてたのか?」
独り言を言うなんて、自分らしくもないと思いながら腹が減ったので何か食べるものを探すことにした。
キョロキョロとあたり探すと、テーブルの上にビスケットが置いてあったことを思い出した。
「こんなことはすぐに思い出すのに……」
俺はビスケットを手に取ると、明かりをつけるためベッド脇の棚から火の魔石を取り出した。
「さて、ランタンはどこだ……」
今度は部屋を照らすためのランタンがない。部屋を散らかしすぎたことの弊害だなこれは……
そしてランタンがテーブルの下に転がっているのをようやく見つけ、それを拾ったときだった。
(ライナス先輩、またランタンを横にして置いているんですか?)
うん? なんだろう。前に姫様にこういう風に言われたような……
(足元に横にして置いていた方が魔石入れやすいじゃないですか?)
(そんなの、万が一蹴とばしてしまったら危ないですよ。火事になったらどうするんです!)
(ははは、ここで火事なんておきませんよ)
(相変わらず、いい加減なんですから……)
徐々に思い出してきる会話の内容。あれは、そうだ。倉庫の待合室で話したんだ。
珍しく、姫様が夜に鞄を持ってやってきて……
そう思ったところで俺は窓の外を見つつ、テーブル脇の椅子に腰を掛けた。
――あの日もこうやって月が見えていたはずだ。
その時、頭の中でかちりと外れていた歯車がハマった様な感覚がした。
「それでどうしたんです、こんな夜更けに? 見たところお連れの姿も見当たりませんが……」
姫様が倉庫に来ること自体は珍しくない。なんでも、少し休みたくなった時に寄りたくなるそうだ。ここなら人も来ないし、静かだからと。
まぁ、精神耐性が高くなければここには長く居られないしな。
それでも、いつもは精神耐性のあるメイドが一人ついているのに……
「今日はちょっとお忍びということで……一人で来ちゃいました」
「来ちゃいましたって、良いんですか?姫様とあろうお方が」
そう言うと姫様は少し頬を膨らませて
「良いじゃないですか、先輩だって適当にやってるんですから。それに、ほんの五分くらい一人になっても平気ですよ。今日は一日大変だったんですから少しくらい一人になりたい気分なんです」
ずいぶんとフランクにしゃべるものだな。いつもはもう少しシャンとしているのに……仕方ないか、ここのところお忙しいようで全然お見えになられなかったしな。
「でも、確かに大変でしたね。今日でしたか“国防軍”の『完全』な創設式典は」
「はい、それはもう疲れましたとも……」
“国防軍”自体はすでに昨年創立され、すでに活動も行っている。しかし、貴族議会における調整が難航し、創立後一年はあくまで王宮騎士団の下部組織のような扱いを受け、その行動は常に監視されていた。
少しでも妙な動きがあればすぐに組織ごと処断するためだと言われている。
……まあ、国内に複数の軍事組織ができるのはよろしくないだろうからな。
それで今日、制限はあるものの晴れて正式な独立軍事組織となった“国防軍”は創設記念としてのパーティーを開き、軍のトップがランドルフ王子であるのだから当然王族である姫様も呼ばれたというわけだ。
「それでいかがでしたか? まだ疲れたという感想しか伺っておりませんが?」
「……それ聞きます?」
姫様がジトッと睨んできたので話題を変えよう。
「いえ、大丈夫です。それよりどのようなご用件で?」
すると、「ハァ」とため息をついてから自分の持っていた鞄を掲げた。
「これを預けに来ました。案内してくださいますか先輩?」
「勿論ですとも、ささ、どうぞ奥へお進みください」
まだ怒っていそうなので俺は下手に出ることにした。
倉庫の奥へ進みつつ、俺は聞いた。
「でも意外ですね。姫様が何かを預けに来たの初めて見ましたよ」
「そうですね。私も初めてです」
「……では今までは何しに?」
「それはもう、先輩とおしゃべりするためです」
さわやかな笑みで言われてしまった。
てっきり俺がいないときに利用しているものとばかり思っていたが、完全に話すためだけに来ていたのか。なるほど、姫様は今まで仕事の邪魔しかここでしていなかったのだな。
「それで、初めてお預けになるものは一体何なんです?」
俺は今までのことも含めて少し嫌味っぽく聞いてみた。
「これですか? 秘密です」
鞄を掲げながらそう言った。
「なるほど、秘密ですか」
へぇへぇ、秘密ですか。ようやくご利用になるのですから今まで俺の業務を邪魔した分教えてくれたって良いじゃないですか。
だが、そんなことは言わない。俺は大人だからな!
そうこうしているうちに姫様の倉庫の前にまで来た。俺が解錠するまでの間おしゃべりな姫様にしては珍しくずっと無言のままだった。
「開きましたよ」
姫様は「ありがとうございます」とだけ言うと鞄を持ったまま部屋に入っていき、備え付けられている棚に鞄を置いた。
けれども姫様は鞄から手を離さなかった。
「どうかしましたか?」
俺がそう尋ねると姫様は鞄から手を放したが、そのまま棚から離れずに立っていた。そして少し間をおいてから、
「ねぇ先輩」
「なんですか?」
「もし、もしですよ。近い将来皆がとても困ることが起きたとして、多くの人が命を失うかもしれないような事が起きるとして……」
そこまで言うと姫様は振り返った。
「自分の命をささげることで、そんな災厄の未来から逃れられるとしたらどうしますか?」
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