第26話 一日の収穫は?
さて、ヴォルフさんと二人してあちこち動き回ってみたものの、結果として何かしら目新しいものを見聞きすることは出来なかった。というのも以前と違い“国防軍”が施設の半分を使用しているため、彼らの管理している場所への出入りが制限されていたからだ。その為、俺達が見ることが出来たのは普段から倉庫番たちが手伝いに出されている区間のみ、そんな場所目をつぶったって歩き回れるほど覚えてしまっている。
唯一の収穫というのは団長が不在であることを確認できたことだ。ただ、その理由は噂されている心労によるものではなく、何かしらの任務についているというものだった。
だがその任務について知っている者はだれ一人として駐屯地におらず、副団長パウルスですら知らされていないらしい(副団長は任務で王宮に呼ばれているらしく、駐屯地にはいないそうだ)。
一時間ほど駐屯地をうろついた俺たちは怪しまれないうちに出ようという結論に至り、そそくさと駐屯地を後にした。
駐屯地からの帰り、人込みを避けて話をした方が良いと思い、昨日と同じくフェアール通りに来ていた。
「それで、今日の所は何か収穫はありましたかヴォルフさん?」
「おお、あったとも。今日の捜査だけで十分な成果が出たと思うほどにな」
「そうですか? 俺にはちっとも進展がない様に思いますけど……」
今日分かったことで新しいことはアカデミーで聞いたこと、そしてランドルフ王子の強さを間近で見ることが出来たことくらいだ。
それ以外のことはほとんど聞いたことあるよーな話ばっかりだった。
「……正直、今日新しく知ったことよりも俺がヴォルフさんに知ってたこと話していた方が多くないですか?」
これはずっと思っていたことだ。ほとんどの話でヴォルフさんが何か新しい事を知り、それを俺が補足する。そして補足したことについての詳しい説明をヴォルフさんにする。これなら一日中どっかの部屋を借りてそこで話していた方が有意義だったかもしれないな。
「そうだな。だが、それが私にとっての一番の収穫だったのだよ」
一番の収穫? どういうことだ?
混乱する俺をよそにヴォルフさんはニコニコとしている。
「……実はな、ライナス君。今日君と捜査を行ったのはマーサ様とランドルフ様の今を知りたいというのもあったが、それ以上に君がどんな人間なのか見極めたかったからなんだよ」
「俺を見極める? ヴォルフさん、一体どういうことなのかさっぱりわからないのですが……」
「言葉通りの意味だよ。今回の依頼を解決するには必ず君の協力が必要となる。だが、その君がどんな人なのか知らなければ出来ることも出来なくなってしまう。最悪の場合、君が見込み違いであることが判ればそのことを宰相殿にご報告せねばならんしな」
どんどん話が見えなくなってくる……
「ヴォルフさん、あなたは昨日俺が全く眼中にない存在で、怪しまれないから協力者として推薦されたと言いませんでした?」
「そう断言したかは分からんが似たようなことは言ったな」
「でも今の発言とどこか矛盾していません?」
「それはしているだろうな」
「何故です?」
「あの発言は冗談だったからさ」
「……ほへ?」
どういうこと?俺は忘れられた存在ではなかったということ? いやまあ確かにそうなら別に俺じゃなくても務まる奴もいそうだし、第一そんなしょうもない条件でこんな重要な事柄のパートナーに推挙するわけないじゃないか。でも、昨日の俺はそんなこと気づかなかったよ。だってあの言葉は相当俺のハートをざっくりと切り裂いたからね。
「――で、あの言葉が冗談だったならいったい何だってんです」
「ははは、そう睨まないでくれんか」
いや、睨んだって良いじゃないか。俺は昨日悲しんだのだから、俺の恨みのこもった視線くらいは受け止めてくださいよ。
「さて、無駄話はこれくらいにして。実際の所、宰相殿はこうおっしゃられた。ライナス君は王宮や魔法省、そして騎士団と、様々な組織の内部事情に精通しており、それこそそこで十数年にわたり働いていたのではないかと錯覚させられるほどだと」
「……それで、他にはなんと」
「それでいて、誠実であり、秘密を漏らす心配はないとな。宰相殿は君のことをずいぶんと高く評価しているようだよ。うん? どうした急にうつむいてしまったようだが?」
おおう、嬉しさが止まらん。顔がにやけてしまいそうだ。まさかそこまで評価してもらえていたとは! 日々仕事に精進していて良かった! 昨日は何も知らないへぼおやじと心の中で罵ってしまってすみません宰相殿!
だが、それとは別にもう一つの疑問が……
「でも、どうしてそこまで宰相殿は俺のことをご存じで?まだほんの一、二度ほどしかお目にかかれていませんが……」
「それはな、リエーラ姫様から聞いたそうな」
「姫様から?」
「ああ、君のことを随分と話されていたそうだ。だから宰相殿だけでなく陛下も君のことをいたく信用されているご様子だった」
「……それは光栄なことです」
うーむ、まさか姫様が俺のことをねぇ。ただの暇つぶしの話し相手にされているだけだと思っていたけど違ったんだなぁ……
「それで他ならぬ姫様が信頼なさってるということで、君に白羽の矢が立ったというわけだ」
そして、ヴォルフさんは一拍おくと、
「それにだ、君だって姫様のことが気になったからこの一件に関わることを決めたのだろう?」
「……それは、まぁ、知らぬ中でもありませんから。姫様とはアカデミーでの縁もあります。何もせずにいる事は……出来ません」
「そうであろう?昨日、君に姫様の話をした時、それまで瞳に浮かんでいた嫌な感情が消え、真剣な眼差しが現れた。私もそれを見て、姫様が信頼を寄せていたい理由が分かったのだよ」
ここで、ヴォルフさんは一度言葉を区切るとジッと俺の顔を覗き込んできた。
「今のは私が君を信頼した理由だが、それとは別に、君は姫様と何か大事な話をしたのではないか?」
「大事な話……ですか?」
ヴォルフさんは俺の顔見たまま頷く。
「ああ、そうだ。今回の事件はそれに関わっているとのことだ」
「……皆目見当がつきません。俺が一体何を話したのですか?」
「さぁ、それを知っているのは君だけだ。忘れているだけの可能性もあるだろう」
すると、ヴォルフさんは顔を俺から離し、
「勿論、ただ忘れているということではないがね」
と言った。
俺が姫様と話して忘れていること――――――
「さて、今日はここまでにしよう。知りたいことは知れたし、これからのことは予想がついた。私は、その準備をしなければならない」
ヴォルフさんはそれだけ言うと、さっさと歩いて行ってしまう。
「ライナス君、君は忘れていることを今一度、思い出してほしい。それが君の役目だ」
去り際に妙な言葉を残して……
昨日と同じような光景だが、これまた不可思議な気持ちに包まれている俺だった。
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