第25話 騎士エドアルド


 あれはまだ俺がアカデミーに在籍していたころ。俺がリエーラ姫と初めて会った場所であり、エドアルド団長とも初めて会った場所だ。


 だが姫様と違って俺と団長の関係は親しいなんてものじゃない。


 出会いは、俺が姫様の茶会に招かれるようになって一週間ほど経過したある日。

 アカデミーの廊下を歩いていた俺はすれ違いざまに団長にいきなり肩を掴まれ壁に体を押し付けられ、「リエーラ姫とはどのような関係だ?」とすごまれたのが最初の会話だった。


 当然、良い印象なんてない。ただ話は分かる方らしく、俺が姫様に勉強を教えているだけだと告げるとあっさりと解放された。どうやら、初めから俺が姫様と何をしていたか知っていたらしく俺がどういう人物で、姫様と付き合うにふさわしいかを見極めるために行ったと彼は言っていた。


 俺が妙な目的で姫様に近づいていないことを分かってたらすぐに彼は壁に押し付けたことを謝罪したし、さっさと俺の前から去っていった。


 だが、それ以降も俺が姫様の茶会に参加するといつも遠巻きにこっちの様子をうかがっていた。


 しかもエドアルド団長は俺にやったことと同様のことを姫様に近づく全ての男性にやっていたことを後日知った。姫様と少し話をする程度では問題はなかったようだが、十分以上姫様と会話した場合は必ずエドアルド団長による尋問(壁なりどこかに押さえつけられて関係性を問いただされる)を受けることになるらしく、アカデミー内で姫様に近づく男はあんまりいなくなったそうだ。


 一連のそうした行動はエドアルド団長が陛下から直々に姫様の身辺警護を頼まれているから、ということは誰もが知っていた。だがそれにしても彼の行動はやりすぎだという声が上がっていた。更に、姫様に近づいた対象が女性の場合はもっとゆるやかな方法を取っていたことが広まるとそこから爆発的にある噂がアカデミー内に広まる事となる。


 それが、エドアルド団長は姫様に好意を持っているのではないか? というものだ。


 この噂はそれはもう信憑性のあるものとして扱われた。特にアカデミーに通っている男性陣からは強い支持を受けた。そうすれば彼のとってきた数々の行動の説明がつくからだ。

 自分が想いを寄せる女性に男性が近づいたから職務の範囲を超えて排除しようとした。彼の行動は有り余る王家への忠誠心を超えて姫様への個人的感情によるもの。


 そうした噂は徐々にアカデミー内に広まっていき、一か月もすれば構内で知らない者はいないほど拡散していたと当時を振り返ってみて思う。しかも、いつの間にか姫様とすでに恋仲にあるのではないかといったことまで囁かれるようになっていた。


 しかし、この噂は広まり始めてからすぐに消えた。その理由はある意味この噂の影響を最も受けたであろうリエーラ姫の発言だ。


 「騎士エドアルドは私とそのような関係性ではございません。彼は幼いころから私を守ってくださる誇り高き王国の騎士であり、そのような私心で私のそばにいたのではないのです」


 このように公の場でハッキリと宣言した。姫様に続いてエドアルド団長も姫様の発言を追認したため急速に噂はしぼんでいった。

 最も、その裏では姫の醜聞を嫌った陛下が裏で手を回したと言われているが、何よりも本人が否定したこと、そして姫様の人望が厚く、そのお言葉を信じた者が多かったことが一番の理由だと俺は思っている。

 

 「では、一度噂は流れなくなったのだな。では、どうしてまたそれが広まっているのかね?」


 「俺がアカデミーを卒業する頃には忘れられていたのですがね。エドアルド団長が本格的に騎士団の任務に就くようになって姫様の警護からも外れましたので。でも団長への就任が現実味を帯びたころから再びこの噂が持ち上がるようになったらしいです」


 「団長就任というと陛下が無理を通してでも行ったという……」


 「今度の火種はそこからですね。団長への就任はエドアルド団長から陛下にお願いしたというのが最初の噂でしたが」


 「エドアルド殿がどうして騎士団長への就任を求めるのだ?」


 「それは単純ですよ。姫様のお傍にいたい。それだけです」


 「確かに団長になれば職務で王宮に呼ばれる機会も多くなるだろうし、式典へ参列することもあるのだから姫様との接点も増えることに違いはないが……その程度の思惑で騎士団長という地位を求めるだろうか?」


 「いえ、それ以上に大切なことがありますよ」


 「大切なこと?」


 「姫様の婚礼です」


 そう、王族たるもの若いうちに結婚するのはこの国の古くからの習わしだ。曰く、早いうちに結婚させるのは血のつながりにより有力貴族との関係性を継続的に、かつ強固に保つこと。そして早く後継者を生んでもらうことにより、暗殺などの事態により王家の血が未婚のうちに絶えないことを警戒して、と言われている。


 だから、マーサ王女もランドルフ王子もすでにご結婚されている。夫婦仲が良いとは聞いていないし、マーサ王女に至っては研究に没頭しすぎて夫であるヴォロール公とは殆ど会っていないらしい。


「姫様もアカデミーをご卒業なされたらすぐにとは言わなくても一、二年でご結婚されるでしょう。エドアルド団長はそのお相手に自身を選んでもらうための布石として団長就任を望んだとか。それが噂復活の原因ですかね」

 

「騎士団長の就任は確かに決め手の一つにはなるだろう。それに陛下の覚えも良くなればなおさらだな」


 この国における王族の婚礼は基本的には政略結婚であり、個人が自由に選ぶことはできず、もっぱらその時の他の貴族や他国との関係で決まる。


 しかし、王位継承者だけは異なる。王位継承者の場合はまず重視されるのは魔力量の高さと魔法の技量、その次に国内の伯爵以上の爵位を持つ貴族であること。これだけである。


 高度な占星魔法の使い手となることが求められる時期王が生まれる可能性を少しでも高くするために取られる処置であるが、そのためかある程度この要件を満たしていればその中で自由に選ぶことが出来る。その時は個人の意思が尊重される場合もあれば、その時の王が自分の気に入ったものと結婚させる場合がある。


 「エドアルド殿の場合、魔力量もその技量も申し分なく、陛下からの信用もあります。しかし彼は子爵家の生まれ、そのことだけが基準を満たしてませんが……」


 「そうか、騎士団長になった者には伯爵以上の爵位を与えることが決まりとなっているからか」


 王宮騎士団長はかつて伯爵以上の爵位を持つものでなければなれなかったが、実力優先を掲げた先々代とヘルベルト三世の両名が、実力が十分備わっていれば男爵、子爵である者でも騎士団長に就任させても良いという決まりをつくり、その時に団長となった者には伯爵の爵位を当てることが決められた。現に、前団長のシュトライヒャー卿も男爵であった。


 「エドアルド団長がこのことを狙っていたかは定かではありません。あくまで、他の騎士連中が言っていたことですから。ただ、第二隊にいたころ団長が首からかけていたペンダントに姫様の写真を入れ、それを毎日眺めていたというのは隊では公然の秘密だったらしくこの噂を広める要因となったことも事実らしいです」


 「単なる忠義の騎士ではないということか……君はどう思っているのだ?」


 「……俺は今までエドアルド団長とあまり接点がありません。だからはっきりとしたことは言えません。ですが……」


 「ですが?」


 俺は今までのことを思い返しながら言葉を紡いだ。


 「アカデミーでの団長のことを考えると、単なる騎士以上の想いが姫様にあるのは確かだと思います。それが幼馴染から来る親愛なのか、それともそれ以上の気持ちが込められているのか。それは俺には分かりません」


 姫様は彼のことをもう一人の兄みたいな存在だと言っていた。団長は姫様より一つ年長で、幼いころは色々と教わったとも。少なくとも姫様が何かそういった感情を抱いていたようには見えなかったが……もし団長がそうだったのなら悲しい事だろうが。


 「そうか、よく分かったよ」


 そう言うとここにきて初めてニンマリとした笑顔をヴォルフさんは見せた。

 何か笑顔になる事でも俺は言っただろうか?


 「どうかしましたか?」


 ここは本人に聞いたことが良い様に思えた。


 「いや、特に何でもないさ。それより、これからどうするのだね? 駐屯地に来てランドルフ様の模擬戦は拝見できた。次はどこへ連れて行ってくれるのかね?」


 何かはぐらかされた様にも思えるけど、仕方ないか。


 「とりあえずは、もう少し見て回りましょう。ミリエラが言っていた送電先の施設が何かわかるかもしれません」


 俺の提案にヴォルフさんは「そうか、ではそれで行こう」とだけ言い、それ以上何か話すことはなかった。

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