第24話 王子の影に


「こんなものであるか」


 王子が静まり返る訓練場の中で言葉を発した。


 「諸君らの選択は誤りではないが、相手が中央突破をすることを想定していないのはいかんな。それと、接近時に魔法を〈光弾〉に切り替えたのは良かったが、まだ仲間同士の連携に問題がある。魔法騎士は単独で戦う事が多いことに起因するかは知らんが、集団戦を不得意とする傾向にある。そこは見直すべき点があるな」


 そして王子は倒れている騎士たちに淡々と模擬戦における彼らの評価を述べている。かろうじて意識を取り戻し聞いている者もいるが、ほとんどの騎士達が倒れ伏している中で話している光景はいささか奇妙なものに感じる。


 「さて、ここに今いる全ての騎士達も聞きたまえ。対魔術師戦は意外性に満ちている。相手が教本通りの動きをするとは限らない。先ほどの模擬戦のように思わぬ手段を相手が講じた時、冷静に対処できてこそ初めて実戦に役立つ騎士となるのだ。諸君らが実戦から遠のいていることは知っているが、このような心構えを持っていなければ有事の際に役に立たぬと思え!」


 王子の訓令に対し、騎士達に見えた先ほどまでの動揺は消え、素早く姿勢を正し「はっ!」という声と共に王子に答えた。王子はその対応に納得したようで、一度頷くと今度は後ろを振り向き、後ろで観戦していた兵士の一人に声をかけた。


 「どうだヨハネス、時間も余ってしまったようだが、お前もやるか?」


 そう呼びかけるとヨハネスと呼ばれた男が一歩前に進み出た。


 「あっ、あの顔、そして名前は!」


 先ほどまでは王子に気を取られていたのと、訓練場の入り口部分がちょうど日陰になっていて顔が良く見えず気づかなかったが、間違いない!


 「知り合いか?」


 ヴォルフさんがそう聞いてきた。


 「知り合いではありませんが、ヴォルフさんと一緒でこの国で彼の事を知らない人はほとんどいないですよ! あの“万能のヨハネス”を!」


 

 “万能のヨハネス”、ヴォルフさん事“青のカール”と並び称させるほどの腕利き冒険家。まだ二十代も半ばという若さで“ティターンの落とし子”と言われた巨人を単独で打倒した話はひと月に渡って王都を席巻したものだ。


 それ以外にも霊峰フォーロン登頂、死の谷と呼ばれるリベリト渓谷の探索など短期間で打ち立てられた記録の数々は枚挙にいとまがない。

 特に“万能”の二つ名にふさわしいほどの多彩な武器、魔法の使い手でもあり、たった一人で十人以上の騎士と同等の強さを持っていると言われている。

 すらりとした長身に甘いマスクで女性人気も高く、特集の記事が組まれたほどだ。うーんなんともすごい。


 そんな著名冒険家ヨハネスが“国防軍”の一員だとは思わなかった。


 「それより、ヴォルフさんはご存じなかったのですか?」


 「うーむ、王都を出るとあまり情報は入ってこんしなぁ。それに表にいた時期も長かったからのぉ……だが」


 そう言うと再びヴォルフさんの目が鋭くなる。


 「確かに、あの若さにして相当の実力者だということはわかる。恐らくランドルフ様にそう引けをとるものでもなかろう」


 「……あり得ない話ではなさそうですね」


 正直あれほどの実力を持った人間がそう何人もいるものかと思わなくはないが、ヴォルフさんの観察眼は信用に足るものだろうし、冒険家ヨハネスの噂が事実であるとすればそれくらいの実力があっても不思議じゃない。


 ところで王子に声をかけられた冒険家ヨハネスは俺達が話をしているうちに「気分が乗らない」とだけ言い、さっさと引っ込んでしまった。

 王子相手に大変不遜な態度であるが、当の王子はさして気に留めている様子もなく「そうか、では仕方ないな」とだけ言うと王子もまたヨハネスの後を追うように去っていった。

去り際にもう一度こちらを見たような気がするが気のせいだろう。そうであってほしい。

 それよりも俺はは気になる人達がいた。


 ランドルフ王子に連れられて訓練場にやってきた冒険家ヨハネスを除く兵士のうち五人。最も日陰になる場所に立っていた人たちだ。

 彼らを除くほかの兵士たちはみな訓練用の武具も身に着けていたが、その五人のみ胸当て以外着けておらず帯剣もしていない。彼らもランドルフ王子と一緒にすぐ引っ込んでしまったので詳しい様子はわからなったが何か気になるような……


 「ヴォルフさん、ちょっと気になることが……」


 「扉際にいた五人のことだろう?」


 まさか先んじて言われるとは、流石はヴォルフさん。俺なんかの考えはお見通しってことか。


 「そうです、なんか気になったんですよね。彼らだけ格好も違いますし……」


 「見たところ魔導士ではないようだ。君から聞いた話でいう非魔術師の採用枠と言ったところか?」


 そこまで行ったところで「だが――」と一瞬言葉を濁した。


 「只の魔術師でないだけの人間にも思えなかったがな……」


 そう言ってヴォルフさんは黙り込んでしまった。


 ここに来てからというもの何か思うところがあるのだろうか、ヴォルフさんから冷たい雰囲気を感じる。

 それから俺はヴォルフさんが黙ってしまってからの三分間、話しかけようかどうかおたおたするしかなかった。

 その間に訓練場に倒れていた騎士たちは自力に立ち上がるか救護班による治癒魔法を受けて起き上がり、王子の後を追うようにして訓練場を出て行った。おそらく、あの模擬戦が今日の訓練の最後だったのだろう。観戦していた騎士たちもそれぞれが持ち場へと戻っていった。


 彼らの顔を眺めていると、王子に感化されたのか引き締まった顔の者もいればその反対にどこかやりきれないような表情をした者もいた。そうした騎士たちの表情が今の王宮騎士団の状況を表しているのだと思うと、部外者である俺もこれでいいのだろうかと思えて仕方ない。


 「……ところで気になったのだが」


 突然ヴォルフさんが口を開いた。俺は去っていく騎士たちを眺めていたのでヴォルフさんの方を振り向いた。


 「ランドルフ様がお見えになられているというのにエドアルド殿のお姿が見えないのはどうしてだね?」


 その問いを聞いて俺もハッとした。


 「そういえばお見えになられませんでしたね……」


 ランドルフ王子がお見えになるというのに王宮騎士団長が不在というのはいささか対面がよろしくないのではなかろうか。


 そう思ったところで俺はハタとある可能性に気が付いた。


 「もしかしてあの噂は本当だったのか……?」


 「あの噂とは何だね?」


 当然ヴォルフさんは俺に聞いてくる。俺はあたりを見回し人がまだいることを確認した。


 「……ここではなんですし、少し場所を変えましょう」


 そう提案してヴォルフさんと訓練場を出て、人気のあまりない訓練場脇の倉庫に移動した。


 「それで噂とは?」


 「これはつい先日聞いたばかりの話なんですがね、エドアルド団長は今休暇を取られているとか」


 「休暇?この時期にかね?それはいくら何でも無責任というか、騎士団のまとまりが欠けている今、団長が不在でも良いものなのか?」


 「それに関しては俺も同意なんですが、騎士団内では団長はリエーラ姫様がお倒れになられたことで心労が積み重なったのではないかと噂されているようです」


 「姫様の一件がどうして? まさか団長は……」


 そこまで言ってヴォルフさんは一度口を押えた。


 「姫様に恋慕している……と?」


 「その推測が当たっているかどうかは知りませんがね」

 エドアルド団長はリエーラ姫に恋慕している。


 その噂が流れ始めたのはだいぶ前のことだ。

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