第28話 姫とライナス
唐突な質問だ。
「どうしたんですか姫さ……」
そこまで言って俺は姫様の顔を見た。その表情は真剣そのものだった。
「……どういう意図でそうした質問をしたかはわかりませんが、幾つか確認して宜しいですか?」
「はい、どうぞ」
「では、その災厄は必ず起きてしまうものなのですか?」
「このままでは絶対に起きてしまいます」
「それを回避する術はほかに無いのですか?」
「……最善のものは他にございません」
「なら、簡単です。命をささげることは絶対にしません」
そう俺が言い切ると姫様はハッとした顔で俺を見ている。
「そうしないと大勢の方が不幸になっても?」
「はい」
「自分があの時こうしていればと後悔するかもしれませんよ?」
「それでもです」
そこで俺は一歩姫様に近づいた。
「だって自分が死んでしまったら、そこで何もかもお終いじゃないですか」
姫様は俺の顔を見ている。
「どれだけの人が不幸になるかは知りません。もしかしたら多くの方が亡くなるでしょう。それを、自分一人の命で救えるのなら良いとお考えかもしれませんが、それでは絶対に悲しむ人たちが生まれてしまいます」
「……そ」
「そうですね、姫様だとしたらまずミリエラでしょうねぇ。あの懐きっぷりならどうなるか分かったものじゃありません。それにエドアルド殿にメイドのハンナだって悲しむでしょう。それこそ自分の職務をまともにこなせないほどにね」
「……先輩もですか?」
「……それはまぁ、悲しいですよ。姫様は、そのぉ・・俺みたいな奴の話し相手になってくれますし、それに、何かあったらミリエラに八つ当たり気味に何をされるか分かったものじゃありません」
照れてしまってなんだかしまりが悪くなってしまった。
でも、姫様がくすくすと笑ってくれたので良しとしよう。
「姫様」
「はい」
「姫様が何をお悩みか俺にはわかりません。でも、これだけは言えます。もし姫様に何かあれば私やミリエラたちだけでなく、多くの民が悲しむでしょう。もし、姫様が何かの犠牲になって私達が救われたとしても、今度は私達みんながずっと後悔を背負っていく事になります。姫様一人が後悔を背負っていくのか、それとも私たち全員が背負うのか、もし後悔を背負うなら姫様だけでなく、私たちみんなで背負いましょう」
「それがとてもつらい道のりだとしても?」
「だとしてもみんなで生きていくのが国家というものでしょう。それに、姫様もおっしゃられたじゃないですか。最善な方法なのだと。つまり、最善じゃなくても他の方法があるのでしょう? その方法が最善になるようみんなで考えて行けば良いんですよ」
我ながらクサいことを言っているように思うがここは最後までこの調子でいこう。
「だから、姫様一人が犠牲になる必要なんてないんです」
俺がそこまで言い切ると姫様はクスクスと笑った。
「ちょっ、ちょっといきなりどうしたんですか!」
「いえ、あまりにもいつもの先輩とは似合わないようなことを言い出しましたのでおかしくって……」
まさかここまで来て俺が恥をかいただけだったとは……
姫様はひとしきり笑うと、もう一度鞄の方を振り向き、それに手を付けることなく、部屋を出ようとした。
「……もう用は済みましたか」
「はい、これでスッキリしました」
「なら結構です」
「先輩すこし怒ってます?」
「別に、そんなことはありません」
ただ、もうこんな話には受け答えをしないように誓っただけだ。
「……じゃあこんな話をしたついでにもう一つ聞いてくれませんか?」
「勿論ですとも。でも、もうあんなことは言いませんからね!」
そういう俺に口元を抑えながらクスクスと姫様は笑うとどこか遠くを寂しそうな目で見てから話し始めた。
「あの、ですね。もし、もしもですよ」
「今度はなんです?」
「魔法が使えなくなったらどうしますか?」
――気づくと俺は椅子に座って眠ってしまったらしい。手には食べようとしたビスケットを握りしめたままだった。
「……なんであんな大事な話を忘れてしまったのだろうか」
いや、違う。俺は、椅子に座りなおすと当時のことを思い返した。
「これは忘れたんじゃない。意図的に忘れるようにしたんだ」
そう、それが俺と姫様の約束だった。
「……でもそうだとしたら、今回の姫様の失踪は」
俺は思わず立ち上がった。
「そうだ、姫様が失踪したんじゃない。これはやっぱり連れ去られたんだ」
だとすると、犯人は――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます