第29話 襲撃


 俺が必死に考えていると、ふと部屋の外の音が気になった。

 

 さっきまでは思い出すことに夢中で気づかなかったが、静まり返った夜に部屋の外から聞こえる音、間違いなく足音だ。


 大家さん? ケイティ?

 

 いや、そんなはずはない。彼女達なら俺を呼ぶはずだ。こんな音を消すようにゆっくりと静かに上がってくる必要はない。

 

 何より、ここの階段の立て付けの悪さで音がしたのだから、本来ならほぼ無音で俺の部屋に来るはずだったんだ。


  

 何のために?

 

 いや、そんなのわかりきっているはずだ。そんなの一つしか理由はない。


 そう思った次の瞬間、「ドンッ」と音を立てて部屋の扉が蹴破られた。

  

 複数の人影が部屋の中に入ってくる。


 窓より差し込む月明かりに照らされて、侵入者の正体が明らかになった。


 頭部を覆う金属製のヘルム、胴体には動きやすさを重視した革の服に胸当て、足には蹴りの威力を強化する魔法がかけられたブーツ。

 

間違いなく堅気の人間じゃない。その恰好は正しく室内での戦闘用に特化したもの。


 もう、その目的は明確だ。


 侵入者たちは腕に装着した魔道グローブから刃を生やす。典型的な近接戦用の殺傷魔法武器。

 

彼らは迷うことなく俺に斬りかかろうと迫ってくる。


 とっさにテーブルを蹴倒し、そこにランタン用に持っていた火の魔石をたたきつけた。

 衝撃で魔石が砕け、噴き出た炎がテーブルに燃え移る。

 

 それにより、俺に斬りかかろうとした侵入者たちは一瞬だが動きを止めた。


 だが、魔石により生み出された炎は他のものに燃え移ったとしてもすぐに魔力が切れて消えてしまう。


(その前にここを切り抜けなければ!)


 侵入者たちがひるんでいる隙に俺は部屋の窓から外に飛び降りる決意を固めた。


 この高さから落ちても、身体強化魔法があれば軽傷で済む。自分が魔導士で良かったと今ほど思うことは今後ないだろう。


だが、そう簡単に逃がしてはもらえなかった。


 奴らがひるんだのは本当に一瞬のことだったようで、一人がすぐに〈水球〉の魔法で火を消し、もう一人がテーブルを飛び越えて窓の前に立ち塞がった。


 逃げ道を失った俺はあっという間に部屋の隅に追い詰められる。


(さて……どうしよう)

 

 侵入者は全部で三人。俺を取り囲むようにしつつじりじりと迫ってくる。

 

 俺も倉庫職員として戦闘訓練を受けていないわけではなかったが、本職ではないし、 第一普段からまともに運動もしていないから体がちゃんと動くとも思えない。

 

 魔法で戦おうにも俺の魔力じゃ大した威力はでないし、そもそも詠唱が終わる前に一撃を入れられるのがオチだ。


「……こんな夜更けに何か御用ですか」

 

精一杯の強がりとしてこんなことを言うくらいしか出来ない。

 しかし意外にも彼らは動きを止め、一人が口を開いた。


「ライナス・クルトナー、大人しく俺たちの言うことを聞け。そうすれば命までは取らない」


「これは驚きました。てっきり問答無用で殺されると思ってましたよ」


 余裕を見せるため軽口を言ってやる。


「無駄口をたたくな、命は取らんと言ったがお前の腕の一本や二本折れていても一向にかまわんのだぞ」


「……」


 そう言われてしまえば何も出来ない。これが詰んだ状態というやつか。


(さて……俺の命も最早これまでか……)


 せめて抵抗の意思がない様に示すため両手を挙げた。

  

 ガッシャァァァン 

 

 次の瞬間、窓が割れて何者かが部屋の中に突如として現れた。

 この事態は流石の侵入者達も面食らったようで窓の方を慌てて振り返った。

 

 新たに部屋の中に現れたのはフェアール通りで別れたヴォルフさんだった。

 

 ヴォルフさんは部屋に飛び込むとそのままの流れで一人に駆け寄ると、素早く顎に掌底を叩き込みダウンさせた。

 

 残りの二人もヴォルフさんに対応すべくすぐさまは武器を構えた。その時、ヴォルフさんは俺の方を見て口だけの動きで何かを言った……ような気がする。


 次の瞬間、あたりをまばゆい光が包み込む。

 おそらく、ヴォルフさんが唱えた〈閃光〉の魔法だろう。

 しかし、それよりも――


 (目がぁぁぁぁ!)


 強烈な光は俺の目を貫いて視界を奪った。

 あたりからは奴らの呻きも聞こえることからあいつらも同じような目にあっているのだろう。


 「さて、早くここから出よう」


 近くでヴォルフさんの声がした。


 「おや、君も食らっているのかね?目をつぶるよう伝えたのだが……」


 「そんなのわかるわけないでしょ!」


 「そうか、それは迂闊だった」


 ヴォルフさんは俺の左腕を掴んだ。


 「ちょっと、どうするんですか!」


 「落ち着きたまえ、行くぞ」


 そして俺の腕を掴んだままヴォルフさんは走り出した。


「うわっ!」


 何かをしゃべる暇もなく、そのまま力任せに投げられた。

 一瞬、体が浮遊感を覚えるが、直後にすごい勢いで落ちていく。


 「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 もう叫ぶしかなった。〈閃光〉の影響であたりは見えないし、もうわけがわからない。

 だが、着地の瞬間にガシッと体を抱き留められ、ゆっくりと隣に下ろされた。


 「大丈夫かね?」

 「……そう見えますか」


 「すまん、すまん。こうする以外に思いつかなくてな」


 ここで、ようやく目が見えるようになってきた。

 周囲を見回すと、三軒隣の屋上にいた。


 「さて……そろそろ走れるかね?」


 「……どこへです?」


 「まぁ、隠れ家と言ったところかな」


 自分の部屋の方を見ると侵入者達がちょうど部屋を飛び出て、隣の屋上に飛び移っているのが見えた。このままここにいたら十数秒後には追い付かれるだろう。

 俺は自分に身体強化魔法をかけ、屋根渡りの準備を整えた。


 「大家さんたちは無事ですかね?」


 「心配いらん。奴らの狙いは君だけだよ」

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