第48話 新たなる挑戦者


 「どうした、もう終わりか。貴様の一生をかけた攻撃はその程度というわけか?」


 ランドルフは剣を構え、エドアルドに近づく。次の一撃で終わらすために。


 エドアルドは王子が近づくのをただ黙ってみている。反撃に出る素振りも見せない。


 「……本当に打つ手がないのか? 失望したぞ、エドアルドよ」


 王子は落胆の気持ちを表しつつも慎重に、確実に仕留めるため魔法を唱える。


 「〈風竜斬〉」


 速度を重視した最速の攻撃。これならば如何なるエドアルドの反撃よりも先に切っ先が彼の胸に届く。完全に心臓をつぶしてしまえば〈鬼人化〉も解ける。それが王子の狙いだ。


 「……どういうつもりだ」


 しかし、最後の瞬間まで王子の予想した反撃の手は来なかった。エドアルドは王子に体を貫かれるがままとなった。


 「殊勝なことに最期はこの一撃を素直に食らったとでも? そんな最期を俺が認めるとでも?」


 王子の声には今までにないほどの怒りが込めれていた。互いの命を懸けた神聖な戦いに泥を塗られたと感じたからだ。けれど、エドアルドの顔に全てを投げ出した様子はない。その点を王子はいぶかしんだ。


 「……まさか、そんなわけありませんよ……これで良いのです」


 「うぉ、きっ貴様何をする!」


 エドアルドは残された右腕で王子の左腕を掴む。残された〈鬼人化〉の力を全て注ぎ王子の拘束に成功したのだ。


 「殿下、先ほどの手合いは私の敗北です。しかし、勝負に負けたつもりはありません」


 「どうするつもりだ! この汚い手を離さんか!」


 「〈血爆陣〉」


 「なぁ……それは!!」


 エドアルドの詠唱により、周囲に飛び散った彼の血が自分の下に集まってくる。


 「姫様……お先に逝っております。どうか……これからも健やかに」


 「ええい、放せ! 放さぬか!」


 必死にもがくランドルフ。だが、エドアルドの拘束から逃れることは出来なかった。


 彼の下に集まった血が輝きだす。


 直後、凄まじい爆音と共に彼の血が、肉体が爆ぜた。〈血爆陣〉。自らの血に含まれる魔力を暴走させ、爆発させる自爆技。それを〈鬼人化〉の力で強化し、至近距離で発動させたのである。


 魔力を消耗したランドルフにこれを避けるすべはない。


エドアルドの引き起こした血の爆発にランドルフは飲まれた。


 「……エドアルド、最後の最後にこのような手を残しておるとは、油断したのは俺の方というわけか……」


 だが、その最期の一撃でさえ、ランドルフの命にあと一歩届くことはなかった。


 ランドルフは至近距離の一撃を受け、全身に爆発を受けた。特注の鎧はその役割を果たせぬほど穴が開き、掴まれた左腕は自力では動かせぬほどの重傷だ。魔力もほぼ尽きた今のランドルフにその傷を癒すことも出来ない。


 「この怪我は高くついたな……だが、これで俺の邪魔をするものはいない」


 ランドルフはよろめきつつも辺りを確認した。モノリスを操作する魔導士は全員死んでしまったが、幸い装置は無事であることを確認した。


 あとは自らの手で最後の起動処理を行えば『魔人再臨』は発動する。

 王子はゆっくりと、だが着実に中央の制御用魔法陣へと歩を進めた。


 ダダダダッ!


 その時、背後から誰かが駆けてくる音が聞こえた。


 満身創痍となりつつもランドルフは振り返り、次の来訪者を

見据えることにした。


 「……よもやヨハネスが敗れたのかと思ったが、まさか貴様らの様な者共がこの場に現れるとはな」


 ランドルフは自嘲気味に笑った。


 「で、ででで殿下! 『魔人再臨』の起動を止めてください!」

 震える声で叫ぶライナスと隣に立ち自分を睨むセライナに対し、大きなたため息をつくランドルフであった。



 (言ってしまった言ってしまったぞ! こっ、これでもう後には引けない!)

 ランドルフ王子を前にして、俺の震えは止まらない。


 なぜか王子は傷だらけで、満足に両腕も使えないような状態だけど、それでもあの鋭い眼光に一切の曇りは見えない。


 「ふん、倉庫番の分際でこの俺に指図するというのか?」


 ギロリと睨まれ、俺は言葉が出なくなった。


 「ええ、そうですよ殿下。私達は今からおやりになる事やめていただきたく、全国民を代表してこの場に立っております」


 隣ですまし顔のセライナがそう啖呵を切った。だが彼女の手が震えていることを俺は見逃しはしない。


 (そうだ、こいつだって怖いんだ! 俺だけじゃない。だから、だから……)


 「ランドルフ殿下、『魔人再臨』は多くの人を不幸にします。民が己の生き死にを他者の手に委ねられ、化け物となることも知らされずに生きることを殿下はお望みなのですか?」


 「知ったような口をきくな。既に結論は出ている。例え民の血が流れようとも、このカルナードが魔法王国としての死を迎えようとしておるのだ。多少の犠牲など承知の上」


 「多少……多少ですか! 民の八割が死に絶えるかもしれないのですよ。それを多少の犠牲などと……!」


 「はっ、魔法の使えぬ凡人が十人おるよりも、優れた魔導士が二人いる方がよほど国のためになるではないか。それに、勝手にしていても民は増える。ここで凡人どもを間引きしても問題なかろう」


 「そっ、それが為政者の言うことですか!」


 「為政者であるからこそ、国の最善の未来を見据えておるのだ。魔法の無い未来にどのような希望がある? カルナードは魔法と共に生まれ、魔法と共に生きてきたのだ。それを失うことが出来るものか。初代国王ローワンに代わり、この地を治めるヴェントナーを継ぐ者として認めるわけにはゆかぬ!」


 王子の目には絶対の自信が見える。自身の決断に一切の迷いはなく、正当なものだという自信が……だがそれは、人々の犠牲など考慮に入れていないということの表れでもあった。


 「そっ、そんなの認められない。認められるものか! 殿下、貴方の決断は傲慢なものです! これまでの、人々の日々の生活の積み重ねを否定するものだ! 魔法がなくとも人々は生きて行ける! それに、その解決のために姉君や妹君、陛下が奔走されていることをご存じのはずだ!」


 「知ったようなことをぬけぬけとほざきおる。マーサ姉上は魔法の存続など考えておらぬよ。だからあさましくも表の技術に頼ろうとしている。まぁ、それはそれで此度の決起に役立ったのだから構わぬがな……だがリエーラは駄目だ」


 王子は憎しみを込めた視線を後ろに向ける。俺はそこで初めて姫様がそこにいるのだと知った。


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