第47話 命を賭して

 「……何故」


 「俺が動けるか気になるか? ふん、並の輩ならあの攻撃で息絶えたであろうな。だが、〈影縫〉など所詮精神に影響する小手先の魔法に過ぎぬ。俺にあんな小細工が効くものか」


 「ラン……ドルフ!」


 ぎらついた目で王子を睨むエドアルド。


 「そんな目で見たところで貴様はもう助からんよ。せめての手向けだ。貴様の愛するリエーラの前で逝くと良い」


 ランドルフはエドアルドの前から退き、彼に眠るリエーラが見えるようにした。


 「愚かな奴だ。姫のために己の地位を捨て、このような蛮行に及ぶなど……貴様のその態度が部下の離反を招くとは思わなかったか?」


「……」


「ふん、何も言えぬか。それも良いだろう」


 ランドルフは、致命傷を受けうつむくエドアルドに興味をなくし、眠るリエーラを一瞥した。


 「……しかし、何も出来ぬ妹だと思っていたが、まさか男を誑かしていたとはな。兄として恥ずかしいぞリエーラ。そんなお前のために一人の優秀な騎士が命を落とすというのだ。その命、国のために役立てこの汚名を晴らすが良い」


 「! ……取り消せ」


 「なんだと?」


 ランドルフが振り返ると、よろめきつつエドアルドが立ち上がった。その様子ではものの数分で息絶えるように見えるがその声には力が宿っている。


 「貴様、今なんといった?」


 「取り……消せ! 姫様は……そのようなお方ではない! 私は、祖国のため、殿下が誤った道に進むのをお止めするために来たのだ! 姫様は関係ない! 今の言葉は姫様への侮辱! 今すぐ取り消せ!」


 「はっ、そのような体でいっちょ前に吠えるじゃないか。だが、そんな体になろうとも俺にそのような口をきけるとは、中々に度胸のある奴だ」


 そこで、ランドルフは怒りを込めた眼差しでエドアルドを見る。


「それだけ口が回るのなら気を回す必要はないな。その首、今すぐ落としてやる!」


ランドルフは剣を構え、一気にエドワルドを斬り伏せるべく突進する。


 「ガァァァァ!」


 「何ッ!」


 既に虫の息と思っていたエドアルドは王子の攻撃に合わせて立ち上がり、〈幻影剣〉で王子の剣撃を受け止めた。


 「まだ、そんな力が残っていたと……うぉ!」


 王子はエドアルドを〈幻影剣〉ごと両断しようとしたが、逆に自分が押し返されている事実に驚愕した。


 「こっ、この力は一体!」


 「ぜぁぁぁぁぁ!」


 「ちぃ!」


 エドアルドに力負けしている事実を認識したランドルフは剣を両断されるの防ぐべく、後ろに飛び退いた。


 「貴様、その力……そうか、そういうことか」


 ここにきてランドルフは初めてエドアルドとの戦いに緊張感を覚えた。一手、間違えれば自分が殺されるという恐怖が緊張感を生み出したのだ。


 ランドルフに恐怖を与えたもの、それはエドアルドの心臓にある。先ほど自分の手で貫いたはずの心臓、そこから青い炎が噴き出している。


 〈鬼人化〉、そう呼ばれている禁呪の一種である。己の魔力尽きし時、自身の心臓の全てを魔力に変換し、瞬間的に莫大な力をえる魔法。


 だが、この魔法を一度唱えれば自分の全てを魔力へと変えてしまう。つまり、一度使えば死は免れない。己の全てを燃やし尽くし鬼人の如き力で相手に一矢報いる技である。


 自分の死を悟ったエドアルドが、最後に繰り出す切り札であった。


 「……殿下、これが最後の勝負です」


 エドアルドの狂気に満ちた己を殺すという決意。それを肌で感じたランドルフの頬に一筋の汗が流れる。


 「……フフッ、フフフフッ……そうでなくてはな。ああ、そう来なくては! さぁ、エドアルド、貴様の全身全霊をもってくるがいい!」


 ランドルフは死の恐怖を感じると共に、強者と戦う高揚感が自信を支配していると感じた。一手、判断を間違えばすぐに己の死に直結する極限状態、そうした戦いの中に身を置けることを一人の戦士として誇りに思えたのだ。


 「はぁぁぁ!」


 エドアルドは〈幻影剣〉を深く握りなおすと、光の如き速さでランドルフに迫った。自分の肉体を削り、魔力として返還することでなしえた驚異の加速である。


 「〈豪竜斬〉!!」


 今までとは比べ物にならない威力を秘めた渾身の一撃。どんなに肉体を強化したところで真正面から受ければ身体を両断できるとエドアルドは確信した。例え王子がこの一撃を避けようとしても、今の自身の速さなら確実に仕留める自信がエドアルドにはあった。


 だが、ランドルフもただ一撃を貰うわけにはいかない。先ほど温存していた魔力を解き放ち、限界まで身体強化魔法を重ね掛けし、光速の一撃を視界にとらえる。


「〈金剛剣〉!」


 王子の受けては最大防御の構え。持てる力の全てを注いだ守りの態勢。エドアルドの一撃を正面から受ける王者の一手だ。


 ズバァァァァンッッッ!!!


 両者の一撃が交わる。強烈な衝撃が辺り一面を襲い、無数の粉塵が舞い散る。


 「ぬぅぅン!」


 攻防の勝敗はエドアルドに傾いた。〈鬼人化〉の力はランドルフの想像を超えていた。


 王子の体はじりじりと後退し、受け止めた剣にはひびが入る。


 勝利を確信したエドアルドはさらに力を籠める。だが、その時王子の顔には笑みが浮かぶ。


 「ぬかったな! エドアルドよ! 〈流水陣〉!」


 「! ……しまった」


 ランドルフの体を流れる魔力の方向が変わる。それは王子を守る形からエドアルドの〈幻影剣〉を受け流すようにランドルフの剣へと向かう。


 すさまじい威力を誇る〈豪竜斬〉だが、その分途中での力の分散は出来ない。他方受け技の〈金剛剣〉は多少の変更ができる。それが勝敗を分けた。


 エドアルドの一撃は直撃から方向をずらされ、剣先をすべるように王子の体から床へと矛先を変えられる。


 ズダァァァァン!!


 エドアルドの渾身の一撃は床を両断するものの王子には当たらない。


 〈鬼人化〉の力で体が悲鳴を上げるのを無視して強引に突き刺さった剣を引き抜き、王子に振り向く。


 「遅い……!」


 そこに王子の剣が薙ぎ払われる。


 「うっ!」


 受け止めた左腕が宙を飛ぶ。だが、即死は免れた。エドアルドは剣を振るい反撃に出る。片腕となってもその速度は衰えない。


 「ふん!」


 王子はその一撃を軽々と受け止める。闇雲に放った反撃では彼には届かない。


 「〈血流雨〉!」


 エドアルドは流れ出る血を雨のように周囲に降らせる。血の勢いは弾丸より速く、床に穴を穿つ。


 「効かぬ!」


 だが、己の命を賭した一手も王子の魔法防御を貫通せず、降り注ぐ血は王子にはじかれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る