第21話 第一王子ランドルフ・ヴェントナー


 百九十センチを超える長身に、鍛え上げられた肉体。刈り上げられた短い金髪と冷徹さとどう猛さを兼ね備えた青い瞳には王族の貫禄が感じられる。王子は、他の騎士たちと同様に訓練用の防具を身に着け、腰には同じく訓練用の剣を帯びている。


 ちなみに俺は王子の姿を目に入れるやいなや素早く敬礼をした。これぞ倉庫で培わられた訓練の賜物である。お偉いさんの急な来訪は日常茶飯事であるからな。


 横を見ればヴォルフさんも同じようにしていた。

 ただその目つきは今まで見たことがないくらい鋭く、冷たいものに感じた。

 

 さて、当のランドルフ王子は右手を軽く挙げると、


「皆、楽にしてくれ。俺に気を使う必要はない」


とだけ発した。

 その声は決して大きいものではなかったが低く、そして力強く訓練場に響いた。すべての騎士たちは即座に敬礼を止め、休めの態勢を取った。


 たった一言だけで伝わる王子の絶対的な力、それはこうして姿を現しただけで場の空気を支配したことからも明白だ。


 王子一行が現れたことで訓練が始まるようだった。


 訓練の内容はいたってシンプルな模擬戦だ。訓練用の武具を身に着け、魔法を用いて行う戦闘訓練。騎士団では一般的なものだが、その危険性は高い。


 訓練用の武器とはいえ、当たり所が悪ければ大怪我はするし、使用する魔法も戦闘用の攻撃魔法であり、魔力の上限に制限を設けるとはいえこちらは当たれば先ほどの武器とは比べ物にならないほど危険だ。


 一応審判がいて、危ない状況にあると判断すればすぐに戦闘を中止するが、過去には命を落とした例もある。


 そのため近年、模擬戦のルールはより厳密になり、使用できる魔法の制限、人体の急所を攻撃することを禁止する等の決まりを参加者の熟練度に応じて適用するようになっている。


 いずれにしても模擬戦のレギュレーションは開始時に発表されることが多いが今回はどうなるのだろうか。


 そう思っているうちに審判を務めるであろう兵士の一人が話を始めようとしたがなんとそれを王子が遮った。


「さて、今日はこのままお前たちが訓練する様子を俺が見る予定であったが、少し気が変わってな。俺が参加するからお前たちは十人がかりでかかってこい」


なに、王子自らが参加するとな!


 そう王子が発した瞬間「ざわっ」とあたりの空気が震えた。観戦してる騎士たちにとっても想定外の事態なのだろう。まぁ、それは俺も同じだけど……

だが、武闘派として知られる王子の戦い。一度見てみたいものではあった。


「それでルールだが……ふむ」


 そう言って王子は一度考え込むようなしぐさをすると、顔を上げ、なんとこちらの方を見てきた。


 王子はヴォルフさんと俺の方を見たかと思うとゾクッとするほどの笑みを浮かべてから 


「魔法の制限は必要ない。武装もそのままで良い。十分以内に俺に一太刀でも入れることが出来たらお前たちの勝ちだ」


 そう言い放った。


 あまりにも無茶苦茶なルール。しかし、それを言ったとしてもおかしくないほどの雰囲気をまといながら王子は訓練の開始地点と思われる訓練場の中心より東側、俺達に背を向けるところに立った。


 対する十人も緊張の面持ちを崩さないもののこちらも素早く王子の反対側に陣取った。彼らは半円を描くように立ち、基本的な中・近距離戦の魔法騎士の陣形を整えた。


「あの者たちは騎士団を抜けた者達か?」


今まで一言も発しなかったヴォルフさんの発言。


「おそらくそうだと思いますが……確証はありませんがね」


 ヴォルフさんが言っているのは王子が自ら推薦したという傭兵や冒険家のことだろう。

 確かに見る限り、今あの場にいるのはいずれも純粋な魔法騎士に見える。王子の連れてきた兵士たちは今まで一度も見たことがないが、ここには連れてこないのだろうか?


 そうこう考えているうちに、審判が訓練場の端にある所定位置につき、訓練開始の合図である赤い旗を掲げた。


――いよいよ訓練開始だ。

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