第22話 魔法戦
先手を取ったのは騎士たちだ。十人のうち六人が片手を前に突き出し、魔法の詠唱を行う。それはもう見事と言えるほど素早い手並み。
ほんの一、二秒ほどで詠唱が終わり〈火球〉の魔法を唱え終わった。
「って! 〈火球〉だと!」
〈火球〉は攻撃魔法の中でも基本であるが、その威力と速さは尋常じゃない。あれを訓練で人に放つなんて聞いたこともないぞ!
放たれた〈火球〉は直径三十センチほどの火の玉だ。それが高速で王子に向かって飛ぶ。王子と騎士の間は三十メートルほどあるが、〈火球〉の速さなら数秒で到達する。
王子がどうするのか、そう思って俺が王子の方に目を向けようとした瞬間。王子に向かっていた〈火球〉がボンッ!と音とたてて無数の小さな火の玉に分裂した。
〈分裂火球〉、〈火球〉の上位魔法であり、攻撃対象の付近で細かく分かれ回避がより一層困難になる魔法だ。しかもそれが六発同時である。
もはや王子の周辺はまるで雨のように火の玉が降り注いでいる。
厄介なことに〈分裂火球〉は小さくなってもその威力は通常の〈火球〉と変わらない。一発でも当たれば大やけどを負うこと間違いなしだ。
更に騎士たちの攻撃は終わらない。〈火球〉の発射に遅れること半秒ほど、残りの騎士のうち一人が〈黒煙〉を唱え、その黒い煙が〈火球〉を素早く通り越し、王子のいるあたりを包み込もうとしている。
〈黒煙〉はその名の通り黒い煙を作り出す魔法。半径十メートルほどの空間を黒い煙で包み、相手の視界を奪う魔法だ。
そして残りの三人は〈反重力魔法〉を使い、空中に浮かび上がった。
騎士たちの戦法は〈黒煙〉で視界を奪い、そこに〈分裂火球〉を撃ち込むというもの。
たとえ一連の攻撃から逃れても、上空から追撃を加えるということか。
基本に忠実とはいえ、それを素早く、そして的確に行う。間違いなく熟練の騎士たちだ。
そして、〈黒煙〉が王子を包み〈分裂火球〉が降り注ぐ。あたりには〈火球〉のはじける音が聞こえ、その熱気も伝わってくる。
王子はどうしている?
防御魔法で身を固めているのか?それとも食らっているのか?
その時、黒煙の中から王子が飛び出してきた。しかも、全くの無傷である。それには周囲の騎士たちもざわついている。
「嘘だろ……」
思わず声が出た。通常、あの攻撃を防ぐには〈魔力壁〉という魔力を込めて自分の周辺に放出する魔法を使うのが一般的だ。
〈魔力壁〉であれば大抵の攻撃を打ち消すことが出来る。無論、強力な魔法を打ち消すには強大な魔力が必要だが、王子なら問題はないだろう。
しかし〈魔力壁〉の欠点として詠唱中はゆっくりとしか動けなくなってしまうことがある。
だからこそ、騎士たちも三人を空に飛ばし、相手の〈魔力壁〉が切れるのを見計らって空中から攻撃を加えるつもりだったのだろう。
それ以外にも幾つか対処できる魔法はあるが、どれであってもその場からほとんど動くことが出来ないはずだ。
だが王子は〈火球〉の衝突からほぼ間を置かずに黒煙から飛び出てきた。しかも一切の傷を負わずに……
王子が飛び出てきたことは騎士たちに取っても予想外だったようで一瞬ではあるが体が硬直したように見えた。おそらく動揺しているのだろう。
だが流石は熟練騎士。すぐさま次の行動に移った。騎士達は散開しつつ〈光弾〉の魔法をほぼ無詠唱で放った。
〈光弾〉はその名の通り素早く対象に向かって魔力の塊を撃ちだす攻撃魔法だ。威力は〈分裂火球〉に劣るが、当たれば行動に支障が出るような怪我を負うことになるだろう。
〈光弾〉は正確に王子を狙って発射されるが、それを必要最低限の身のこなしで王子はすり抜けていく。
頭を左右に動かす、軽く前に飛ぶ。たったその程度の動きで〈光弾〉は王子にあたらない。
上空にいる騎士達も王子を狙おうとするが、味方にあたるのを敬遠して魔法を放てずにいる。
王子は〈光弾〉の連続攻撃をかいくぐりながら素早く騎士の一人に近づく。
近づかれたのは最初に散開した時、ほかの五人との距離を開けてしまった騎士だ。
懐に飛び込まれ、騎士は〈光弾〉の連射で王子を攻撃するが、距離が近い分軌道を見切られ全く当たらない。
対して王子は、あっという間にゼロ距離まで詰めると腰に下げていた訓練用の剣の柄を騎士の腹部に叩き込んだ。
――わずか一撃。それで騎士は崩れ落ちた。
残り騎士たちは二人と三人に分かれつつ、近接戦に備え剣を抜きながら片手で〈光弾〉を撃ち続ける。
動きながらの片手での魔法使用は高等な技術を要求し、彼らが魔法騎士として長い鍛錬を重ねてきたことを感じさせる。だが、そんな彼らからは熟練者としての余裕はなく必死さのみが伝わってくる。
連続で撃ち込まれる〈光弾〉はさっきの〈分裂火球〉の比でないほどの密度で放たれる。
だがそれが王子に命中する様子はない。彼らが動揺から正確な攻撃を行えていないことも関係あるだろうが、それよりも王子の動きが圧倒的に素早いことが要因であろう。
しかもただ素早いだけでなく、瞬時に判断を下し、複数の〈光弾〉の射線に入らないように避けているその体裁きも見事しか言いようがない。
王子が〈光弾〉の猛攻を避けながら騎士たちの方に前進するそぶりを見せると、そこを狙って空中にいた騎士たちも攻撃を開始した。
彼らからすれば、陣形が崩れたことにより仲間を誤射する可能性が低くなったことから攻撃を行うことを決めたのだろう。更にこの瞬間であれば王子は前面の〈光弾〉を避けることに集中しており、一撃を加えやすい状態ともいえる。
そして騎士たちの選択した攻撃魔法も強力なものだ。
〈水流槍〉、水を螺旋状に高速で射出する攻撃魔法。当たれば岩をも砕く強力な攻撃魔法の一種。実戦時以外は使われない対人攻撃用としては最も実用性の高い魔法だ。
しかも騎士たちの狙いは王子の胴体。対象に当てることのみを考えたのであれば最も効率の良いところだろう。
〈水流槍〉の使用には観戦中の騎士達からのどよめきが聞こえる。当然だ、今までの魔法でも大怪我の可能性はあるがこの魔法は違う。当たれば確実に相手を死亡させる必殺の魔法だ。
(こいつら正気か! 本気でやれといえども限度があるだろうに!)
騎士の放った〈水流槍〉は凄まじい勢いで王子向かって進んでいく。
一秒も経たないうちに王子の身体が鋭利な水の槍によって貫かれる未来が俺の瞳に映ることになるだろう。
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