第20話 騎士団分裂騒動

 シュトライヒャー卿の退任とエドアルド殿の就任は騎士団内部に大きな混乱をもたらした。首都の防衛にあたる騎士団員およそ六千、その全てが真っ二つに分かれて争うことになった。


 新団長を認めるか否か。この論争が収まりを見せることはなく、就任後の数か月にわたって反対派による抗議の一環としてストライキを決行し、賛成派はこうした行動を積極的に先導している一部の団員を退団させるように要求した。


 国家の守りを担う騎士団がこのような行動に至る中、その人事を強行した陛下は体調を崩されたこともあって力を失い、陛下の判断を了承していた貴族議会からもシュトライヒャー卿の再任を求める声が上がるほどだった。


 その混乱を収めたのがランドルフ王子だった。


 元々武闘派で知られ、軍部にも顔の広い王子がエドアルド殿の団長就任を歓迎し、団員たちにもそれを認めるよう声明を発表したため、この問題は一応の解決を見せた。


 特に王子が隠遁生活を送っていたシュトライヒャー卿を駐屯地に連れて行かせ、彼の口からも王子の発言を支持させたことも要因の一つだった。


 しかし、この問題がそう簡単に静まることはなく、水面下ではくすぶり続けていた。


 近年、平和的な状況が続いていたことから団員のなり手も少なく、騎士団の質が下がっていたことに加え、予算も年々減少していたことへの危機感を覚えていた団員も多く、王子の発言が根本的な解決とはならなかった。


 だが、事態は王子の衝撃的な発表により大きく変わった。


 それが騎士団に代わる新たな軍事組織の新設。王子はこれを“国防軍”と名付け、大々的な兵員の募集を行ったのである。


 創設の理由として、王子は以下の要因を挙げた。


 第一に、王宮騎士団の体質の古さ。古代から続く伝統に縛られ、戦術は変わらず、魔法を重視するあり方から脱却するため。


 第二に、兵士の質を向上させるため。魔法を重視するという背景から、騎士団にはアカデミーの出身者が多く、特に魔法にたけた貴族階級の者が優先して採用され、結果としてやる気がなくとも、アカデミー出身の貴族というだけで厚遇されている現実が軍の質を下げていること。


 第三に、国民全体の国防意識を高めること。現在、前述した要因から貴族の子弟、または平民であってもアカデミー出身者でなければ騎士団を目指す若者は少なく、国民全体で国を守ろうとする意識が欠落しており、その考え方を打破する。


 これら三つを掲げたランドルフ王子の“国防軍創設宣言”は現状に不満を抱いていた騎士団員、そして魔法適性の低さから団員になれなかった市民からの支持を受けた。


 貴族議会としては騎士団に代わる軍事組織の誕生は国家を二分する事態が発生した場合、危険分子となる可能性があると否定的であったものの、騎士団内部の騒乱を王子が抑えたこと、そして何よりも陛下ご自身が王子の宣言を否定しなかったことから最終的に騎士団の補助的な存在として創設を認めた。


 無論、新設部隊には制限が設けられた。兵員は騎士団の三分の一、有事の際は騎士団の指揮下に加わること、そして監査役として騎士団からの出向を受け入れることを求められ、王子側はそれに応じた。


 かくしてランドルフ王子を頂点とする軍事組織“国防軍”が創設された。隊員には元騎士団員に加え、王子の推薦した傭兵や冒険家などもいると言われている。“国防軍”は固有の軍事施設を持たないことが暗黙の了解とされていたことから王都の駐屯地を間借りすることとなった。


 さて、そんな”国防軍”の存在は今まで国家の守りを担ってきた王宮騎士団にとってはあまり気分の良いものではない。しかも自分たちの施設を無条件で貸し出すということも反感を呼ぶ原因となった。


 更に、組織内のゴタゴタや予算の削減などの王宮からの強い風当たりを受けて騎士団の士気が低下していたところに“国防軍”が登場したことにより、自分達はお役御免になるのではないかという風潮が騎士団全体に広まり、士気の低下を招くことになっている。


「……おまけにそのトップに立ったのが今まで自分たちを支持してきたランドルフ王子ということもあって、しばらくは騎士団のこの雰囲気も変わらないと思いますよ」


 俺は、長々と説明しつつこの言葉で締めくくることにした。

 俺の言葉を聞いていたヴォルフさんはただ「そうか」と一言口にしただけだ。


 自分のいない間に学園に続いて騎士団にまで、変革ときな臭い空気が流れていることを知ったらこうもなるか。


「ところで、さっきから気になっているのだが、君のその説明と違って、彼らはずいぶんと熱心に訓練の様子を見に来ているようだが?」


「へ?」


 そこで俺はようやく辺りの様子を確認した。すると、さっきまではまばらだった騎士の数が増えている。皆、こちらに注目している様子もなく、ただ黙って訓練場を見つめていた。


「俺が説明している間にこんなに……」


「普段はこうでもないのか?」


「はい、前来た時は一人か二人って程度でしたけど……」


 騎士団連中からすれば“国防軍”は自分たちから抜けた連中も入っているし、国を守るという自負を汚されたという感情もあるからいつもは視界にも入れないようにしていたのに……


 そうこうしているうちに、あたりの雰囲気が変わった。


 さっきまでは黙っていると言っても多少のざわめき等もあったが、今ではピンと張りつめたような空気に変わって、誰もが姿勢を正して訓練場の入り口を見ている。


「どうしたんだ……」


すると、「バンッ!」と音を立てて訓練場の扉が開き、一人の男に率いられ、十数名の男達が入ってきた。


 あたりの緊張が頂点に達したかのようになったかと思いきや一斉に敬礼した。無論、元々訓練場にいた十人の“国防軍”兵士たちも一列に並び敬礼している。


 それもそのはず、最初に訓練場に足を踏み入れた男こそ、“国防軍”のトップにしてこの国の王子、ランドルフ殿下その人だったからである。

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