第37話 職場への短くて危険な道のり


 それから数時間、いよいよ作戦を実行に移す時が来た。俺達三人は見つからないように町はずれの下水道から表に出た。そこから倉庫までは拍子抜けするほど簡単にたどり着くことが出来た。


 その理由は当然ヴォルフさんが事前に巡回している場所とその時間帯を調べていたからってこともあるけど、それよりも純粋に巡回している兵士達の数が少なかった。


 ものの十数分で倉庫近くの茂みにまで来ていた。この場所にいるのは俺とセライナの二人だけ、ヴォルフさんとはここに着く少し前に分かれている。ヴォルフさんは今、倉庫と対角線上にある王立図書館の近郊にいるだろう。


「警備の数が思ったより少ないな」


「かといって全然いないわけでもないけどね」


 小声で話しながら二人で倉庫の入り口を見ると見張りが三人いた。


 見張りは三人とも通常の魔法騎士と同じ胸当て、肩当、脛当てを身に着け、腰から剣を帯びている。そこまでは一般的な市街地における装備だ。だが、通常とは異なる点として各々が肩に小銃をかけているのが見える。


「あの三人をどうにかしないといけないみたいね。で、あの武器は見たことある?」


「うーん。小銃ってやつだろ。前に国境から持ち込まれたのを一度だけ見たことあるけど、どの程度の威力なのかは知らないな。そういうセライナはどうなんだ?」


「私も同じようなものよ。あれ自体は見たことあるけど、撃ったとこは見たことないのよね。鉛弾を高速で飛ばすんでしょ? 身体強化魔法の重ね掛けでどうにかならないかしら?」


「いくら何でもそれは無茶な」


「じゃあどうするっていうのよ。正面から突撃でもする?」


「いやいや、それは一番ありえな……」


 そこで俺はあることに気づいた。あの三人、よく見ると何度も目をこすったり、肩を回したりしている。


「いや、行けるかもしれない……」


「えっ、勝てる算段でも思いついたの?」


「それには距離を詰めないといけないから、ほんの数秒でも良いからあいつらの攻撃を防ぐ、もしくは攻撃させないようにしないといけないけどな」


「なーんだ、それくらいなら任せて。私が何とかするわ」


「出来るのか?」


「貴方よりは上手にね」


「……なら任せたぞ。いいか、数秒間あいつらの身動きを封じれば良いんだからな」


「大丈夫よ。それより、貴方がヘマをしないか心配だわ」


 「言ってろ」


 そして、俺とセライナは行動に移ることにした。ヴォルフさん抜きでの初の実戦。上手くいくかどうかわからないけど、失敗したらその時はその時だ。


 俺は音を立てないように遮音魔法をかけると、セライナがいる三人の正面にある茂みから離れ、より奴らに近づくことになる東の茂みに移った。


 奴らの様子を見たが、まだこちらに気づいている様子はない。おそらく、俺の予想通りなのだろう。

 

その時、セライナの声が辺りに響いた。


 「〈風塵〉!」


 周囲に強烈な風が巻き起こると共に細かな砂が大量に舞い上がる。それは兵士達をドーム状に包み込む。


 「うわっ! なんだこれは!」


 「敵襲か!」


 兵士達の戸惑う声が聞こえる。あと数秒もすれば兵士達はこの魔法から逃れるだろう。だが、これだけの時間があれば十分だ。


 俺は一気に茂みから駆け出し、〈風塵〉の影響下にある三人の所に自ら突っ込んだ。〈風塵〉の効果範囲に入ると俺も舞っている砂のせいで辺りが見えないが、兵士達の声は聞こえるから問題ない。


 「〈精動〉」


 俺が三人に魔法をかけると、「うっ」と苦しむような声が聞こえたと思ったら「ドサドサッ」と複数人が倒れる音が聞こえた。それと同時に辺りに舞っていた砂が地面に落ちていく。〈風塵〉の効果が切れたんだ。


 周囲が見えるようになると、三人の兵士達は俺の足元に倒れていた。どうやら彼らは気を失っているようだ。


 「上手くいったみたいね」


 茂みからセライナが出てくる。


 「そうだけど……もう少し良い魔法はなかったのか?」


 彼女の魔法の影響で俺は砂まみれだ。


 「あら、上手くいったなら問題ないでしょ。それより、この人達に何したの?」


 「ああ、精神に揺さぶりをかける魔法を使ったんだ。効果で言うと体が大きく左右に揺れるような感じの耳障りみたいな音がするって程度かな」


 「そんなんで倒れたのこの人達?」


 「普通なら無理だろうな。でも倉庫の前にずっといたせいか精神がつかれているみたいだったから、少しの刺激でもより強く影響を受けたんだよ」


 三人は目をこすったり肩を回していた。これは倉庫番になりたての奴によく起こる症状で、倉庫にかけられている時空魔法の影響で視界が歪んだり、肩が重く感じるようになる。こういう状態にいるときはかなり精神に来ている証拠だ。新人の場合は、この症状が出始めたらすぐに医務室に直行することになる。そうでもしないと一時間ほどで限界がきてブッ倒れてしまうからだ。


 「まぁ、兎に角これで問題はなくなったてわけでしょ。それで、これからはあなた一人で行くのよね?」


 「倉庫内は精神強化魔法がないとほとんど動くことは出来ないし。特に王族関連の場所は保安上の関係か、かなりクるものがあるから慣れてないと一分と持たないからなぁ。俺が行って取ってくるしかない」


 「解除魔法を行使している魔導士はどうするの? 貴方一人でやれる?」


 「その点は大丈夫だ。解除魔法には極度の集中が必要だし、精神を保つためにおそらく魔力の大半を精神強化に費やしているだから、後ろからこっそり近づいて、さっきみたいにやれば問題ない」


 「じゃあ、打ち合わせ通り、私は外で待っているから、早くしなさいよね」


 「了解だ。一応ここで二年も働いてきたんだ。ヘマはしないさ」


 さて、これ以上話している時間が惜しい。この三人はしばらくの間目を覚まさないだろうけど、ヴォルフさんが陽動しているとはいっても、いつ他の兵士が来るかわかったもんじゃない。


 俺はセライナに背を向けると、すぐに扉を開けて中に入った。

 だが倉庫の中は予想に反して誰もいなかった。受付も、管理室も静まり返っている。

 てっきり解除魔法を行使している魔導士がいるものだと思ったが、休憩のために外しているのだろう。もしかすると、戦闘になるかもしれないと思っていたから幸先が良い。


 さて、ぼんやりと人がいない風景を見ている暇はない。


 俺は管理室に行くと、姫様専用の鍵を取った。こういう時、倉庫外に鍵を持ち出すことが出来ないことを非常に便利に感じた。


 鍵を取れば、もう迷うことは何もない。姫様の倉庫は四階の右端に出現する。管理室を出て受付を通り抜け、階段を駆け上がる。途中、自分自身に精神強化魔法を忘れずにかけておく。これがなければ体が五分と持たない。


 特に障害もなく部屋の前に到着した。ここまで何の妨害もないと何かあるのではないかと勘繰ってしまうほどだ。


 だが、何かあるはずはない。こんなところで常人が待ち構えていられるはずはない。現に倉庫の前に立っていただけであの兵士達は強いダメージを精神に負っていた。


 俺は頭の隅に不安な気持ちを追いやると鍵穴に持ってきた鍵を差し込んだ。


 カチャッと音が鳴り、扉が解錠される。俺はゆっくりと扉を開けて中を覗いた。

 内に誰かがいるってわけでもなく。最後に訪れたのと同じ状況だ。


 何も置かれていない棚が左右に並んでいる。唯一の違いは中央の棚に姫様が持ち込んだ鞄が置かれてあることだ。


 「結局……あの奥には仕舞わなかったんだよな」


 妙な魔法の仕掛けで隠されていた魔石だったが、取り出した後姫様がもう一度そこに入れることはなく、持ち込んだ鞄に入れてそのまま棚に置いていた。今を思えば、何かあった時にすぐ鞄ごと持ちだすつもりだったのだろう。


 責任感のある人だ。おそらく、自分の意思で魔石を使おうと思った時に迷いなく持っていくためにああしたんだろう。


 おっと、ここで感傷に浸っている暇はない。俺はすぐに鞄を開けると、中から魔石を取り出す。魔石は淡く黄色に光っていた。手に触れただけで強い魔力を宿しているのが分かる。


 「こんなものを俺が直接触れる機会が来るなんて数日前なら思ってもみなかっただろうな……」


 さて、必要な物は手に入れた。後はここを出てセライナと合流を……


 そう考えた瞬間背後から物音が聞こえた。とっさに振り返ろうとした時、後頭部に強い衝撃が加わる。俺はあまりの痛みに受け身を取ることも出来ず、その場に倒れこんだ。


 「いやいや、まさか本当にここに来るなんてな。てっきり最後の最後まで怯えて隠れていると踏んでたんだけど、予想が外れちまったな」


 倒れている俺を見下ろすように見知らぬ男がしゃべっている。いや、俺はこの男を知っている。


 「お……お前は、ヨハネス・カイト……」

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