第36話 決戦前夜


 俺が行く決意を固めたことを知ると、セライナは掴んでいた手を放し、やれやれといった感じで肩をすくめていた。ヴォルフさんはニンマリとした、いつもの笑みを浮かべている。


「ライナスがやる気になったところで、いつ行きますかヴォルフさん? どうせ、外を見てきたついでに大方こうなることを予想して、道筋を確認してきたのでしょう?」


 セライナの言葉にヴォルフさんは苦笑いを浮かべた。


「君にはかなわんなぁ……ただ、その通りだ」


 そして、ヴォルフさんはテーブルに町の地図を広げた。


「この三日間で大まかな兵士の巡回路は把握した。少し遠回りをすることになるが、裏路地を中心に通っていけば見つからずに倉庫まで行けることも確認済みだ。向こうに着いてからは私が前のように警備を引き付ける」


「そしたら私達が倉庫に侵入するってわけね。倉庫の警備はどうなのかしら?」


「あそこは、訓練を受けてなくては長い時間居られるものでもないはずだ。そうだろ、ライナス君」


「ええ、あそこは本当に特殊な場所ですから、慣れないうちは入り口付近にいたとしても負担になるはずです。おそらく周辺に精神魔法耐性の高い者を数名警備として配置し、中で一人、解除魔法を使用する魔導士がいると思います」


「貴方のお仲間で王子に就くような人はいないの? そうしたら解除要因とは別に何人か中で待ち構えているかもしれないでしょ?」


「それはないさ。魔法省に行ったときに気になって調べてみたら全員宿舎に放り込まれていたよ。元々、俺達の部署はどこからも相手にされてないし。派閥とかそんなの無縁だからね」


「それはわかったけど……それ、自分で言ってて悲しくない?」


「……お前が言わせたくせに」


 すると、パンッとヴォルフさんが両手を叩いて俺達の注意を向けた。すぐ、こういう話をするのは俺とこいつの癖なのだろうか?


「ともかく、ライナス君の言う通り、内部に連中がいる確率は低いだろう。それよりも魔石入手後に落ち合う手はずを整えておこう」


 そして、ヴォルフさんは地図を指さした。


「倉庫脱出後は、そのまま東に直進。王城の東門まで行ってくれ。そこは全体の中でも警備が手薄だ。そこで合流し、フェアール通りまで行こう。あそこには今は使われていないマンホールがある。そこから地下に潜り、ここに戻る。以上だ。何か質問は?」


「それで、いつ出発するんです?」


「そうだな……警備の状況から考えて、明朝四時、まだ暗いうちに出るとしようか。ほかに何か?」


「いや、特に俺はないですね」


「私も別にこれで良いです」


「そうか、では各自時間まで休んでおくと良い。言っておくが、前にも言ったが万が一奴らと遭遇しても戦おうとは思うな。君達と違って奴らは純粋な戦闘職だ。かなうわけはないのだからな」


 ヴォルフさんのこの言葉を聞くのは二度目だが、警備のスキをついて誰とも遭遇することなく終わった前回と違って、今度は敵のど真ん中に突入するせいか、ひどく心に言葉が響いた。


 話が終わるとヴォルフさんは少し休むと言ってベッドに倒れこむとそのまま寝てしまった。俺もあんな風に休めたら良いけど、あいにくと緊張からか寝れそうにないな。

 仕方ないから、椅子に腰かけて目でもつぶってようかと思ったが、セライナが何かごそごそとテーブルの下に置いてあった袋を漁りだしたのが目に留まった。


 「何してんだ? それ、魔法省から持ち出した物を入れていた袋だろ?」


 「何って、準備よ準備。これから乗り込むんだから身を守るものの一つくらいあった方が良いでしょ」


 そう言って彼女が取り出したのは黒いグローブにベストだった。


 「これはね、魔法省で認可待ちだった最新の魔法具よ。グローブは魔力の伝達効率を高めて、ベストは身体強化魔法の質を向上させるもの。どっちも安全性は確認してあるから問題ないわ」


 「効果のほどは保証できるのか?」


 「まぁ、一割程度ってとこかしら。無いよりはましよ。ほら、貴方の分もあるから着けときなさい」


 セライナが俺の分と言って放り投げてきた。


 「そういうなら気休め程度にはなるか」


 俺の素の魔力じゃ質の向上なんて言ってもたかが知れるし、魔力の伝達効率を高めてもそもそも俺の詠唱速度は奴らには遠く及ばない。だが、身に着けた方が何となくだが安心感がわいてくる。


 「……ところでこれと同じようなもの前にもなかったか?」


 「あったわよ。去年にこれと似た物が発売されているはずだけど」


 「じゃあ、これは何の意味があるんだよ?」


 「ほら、それぞれに穴が開いている場所があるでしょ?」


 そう言われてみればグローブの甲の部分とベストの胸元に丸い穴というか何かをはめ込める場所がある。


 「そこに魔石をはめ込んでその魔力を使って左右で二回分、魔法の出力を強引に上げることが出来るってわけ」


 「でも、グローブはともかく、ベストのは身体強化魔法だけだろ? 無属性の魔石は高価だからそんなに使い道はないんじゃ……」


 「だから、認可待ちになってたってわけ。別に不良品じゃないのだから良いでしょ?」


 「その肝心の魔石はあるのか?」


 「属性が付与されているのはそれなりにあるけど……無属性は三つだけね」


 そう言うと彼女は一つだけ俺によこした。


 「貴方の方は一つで良いわよね」


 ――そこには有無を言わせぬ圧力が込められていた。


 「なんだかこんなやり取りをしていると、いつものことのように思えるな」


 「数日前まではそのいつもだったんだからそう懐かしむようなものでもないでしょ」


 「だな……ところで意外だったよ」


 「何が?」


 「セライナにそんな責任感があったってことだよ」


 「責任感? 何よそれ」


 「さっき俺に言ったろ? 人々を守るために動けるのが俺達しかいないならやるしかないってさ。それって魔法省職員として国のため、市民とために戦うっていう責任感、使命感って事だろ?」


 「そんなわけないじゃない」


 「ええ、じゃあどうして行く気になったんだ?」


 「そんなの自分のために決まっているでしょ。私ね、やっと魔法省に入ったのよ。ここで経験を積んで、いつかは一流の魔術師として大手を振って歩くためにね」


 「ああ、それは前にも聞いたよ。子供のころからの夢なんだろ?」


 「それがこんなクーデターなんかでぶち壊されてたまるかってわけよ。それに、あんな陰気な兵士達に見張られるような生活なんて考えただけでうんざりだわ。こんな風に私の日常を崩した奴の目的なんて絶対に達成させてやんないの、分かる?」


 「じゃあさっき俺に言った言葉は何だったんだよ。俺、結構ジーンときたんだぜ」


 「別にあれが嘘ってわけでもないわよ。誰だって普通の生活が壊されるのは嫌でしょ?しかも、下手すると一生体に傷が残るかもしれないのよ。魔力がなくなるだかなんだか知らないけど、勝手にやられちゃ有難迷惑じゃない。だから、私がそんな市民の声を代表したの。皆だって真実を知ればきっとこう思うはずよ!」


 そう言って「フンスッ」と鼻から大きく息を吐きだすセライナを見ているとなんだか笑いがこみあげてくる。


 「……なにニヤけてんのよ」


 「いや、ただお前は強いんだなって思っただけさ」


 「私からすれば貴方が弱すぎんのよ。それに、貴方だって姫様との約束を果たすために行くんでしょ? 別に国とか人々のためっていう正義感でもないでしょうに」


 「まぁ、言われてみればそうか。案外、俺もお前も似たようなものなのかも」


 「やめてよ、あんたと同じなんて寒気がする」


 「けっ、こんなに話してもその嫌味は健在か……ところでヴォルフさんはどうして行くんだろうな」


 「さぁ、案外あっちこそ純粋な正義感かもしれないわよ? もしくは面白いと思っているかのどちらかでしょ。冒険家なんてけったいな仕事してるくらいなんだから」


 セライナはそう言うと、「私も時間まで寝るわ」と言い残して壁際にもたれるように座って寝てしまった。


 一人起きている俺は何で二人はこうもあっさり寝ることが出来るのだろうかと考えることにした。


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