第38話 冒険家ヨハネス
「うん? 俺のこと知ってんの? うれしいねぇ、王都でもちゃんと俺の知名度ってあるのか」
そう言ってケラケラと笑っているこの男は間違いない、冒険家ヨハネスだ。
「どっ……どうやってここに」
「どうやって? そんなの聞くまでもないでしょ。君がここを開けてくれるまでずーっと廊下で待ってただけ。まっ、君がどの階に行くか知らなかったからいつも階段の方に気を配んなくちゃいけなくて疲れたよ」
「うっ、嘘だ。こんなところに……居たら精神が持つはずが」
「ないってか? まぁ、並の奴なら無理だろうけど、こちとら色々と危険な橋を渡ってきてるんでね。精神の強さには自信があんのよ。でも、流石に五日もいるのはきつかった。予定じゃあ鍵が出来るまであと二日いるつもりだったから、そん時はもっとやばかったかもな」
五日も居ただって? 俺達でも三日連続で居るだけで医務室送りになるくらいだ。それを二日も超えるなんて、どんな精神構造してんだ……
恐怖に震える俺をよそにヨハネスは倒れている俺の傍にしゃがみ込むと、俺が落とした魔石を拾った。
「おっ、これだこれ。これをもっていけば良かったんだよな。あんたのおかげで二日短縮できた。ありがとな」
わざわざ顔を寄せてヨハネスはそう言った。彼の顔には意地の悪い笑みが浮かんでいる。その笑みには俺を弱者として見ていることがひしひしと感じられる。
「それを、渡すわけには……」
俺は痛みをこらえて何とか立ち上がろうとする。
「おっと、そうはさせないぜ」
ヨハネスは素早く立ち上がると俺の背中を思い切り踏みつけた。
「がはッ!」
口から空気が漏れ、鋭い痛みが背中に走る。
「無理に逆らわない方が良いぜ。あんたじゃ逆立ちしたって俺にはかなわないからよ」
「やって……みなきゃわかんないだろ」
「強がりを言うな。それどころか俺に感謝しろよ? 王子からは石を手に入れたらあんたを始末するように言われてるけど、優しいヨハネスさんはこの程度で見逃そうって思ってるんだからよ」
サラッと言われた一言に血の気が引いていくのを感じる。
「うん? ビビっちまったか?まぁ、無理もないか。あんた見たところ戦闘職じゃないようだし、それでも一人でこんなところまで来れて凄いじゃないか、感心するよ」
そう言いつつもヨハネスは俺の背中を踏む足に力を入れてくる。
「ゲホッ!」
「おーおー、苦しいだろ? 痛いだろ? だから、この辺で我慢しろよな!」
ヨハネスはせき込む俺を見てもう一発今度は横腹に蹴りを入れた。俺の体は何の抵抗も出来ず脇に転がっていく。痛みで立つのも難しいくらいだ。せいぜいできるのは頭を動かしてヨハネスを睨みつける程度のこと。
「はっ! そんなになっても闘志は消えない。心の底から怯えつつもそんな目が出来るなんてあんたもやるねぇ」
ヨハネスは俺の様子が面白いのか心底嬉しそうに笑っている。
「……どうして王子に協力する」
「いきなりどうした?」
「王子は、非魔力持ちに重大な障害が残るかもしれない魔法を発動しようとしている。古代の――儀式魔法だ。俺はアレの基にした魔法を見た。オリジナルがどれほどの影響を与えるかは分かったものじゃないぞ」
俺の発言にヨハネスは先ほどまでの笑みが消え、心底退屈そうな顔をした。
「はぁ、ここにきて何を言うかと思ったら、俺がそれを聞いて石を返すとでも思ったのか?」
「お前は、冒険家だろ? 名声が欲しくって……始めたって前に手記に書いてなかったか?」
「なんだあんた、俺の出した本まで読んでくれたのか? 意外とこーいう職に憧れてたクチか」
「今……ここで魔石を返したら、国を救った英雄になれるぜ」
「英雄ねぇ……まぁ確かにそうなるかもな。王子に協力したのも無理やりやらされたって言えなくもない」
しかし、そこまで言うとヨハネスはニヤッと笑みを浮かべた。
「だが、そんなの面白くないだろ?」
「面白い……だと?」
「そう、面白さだ! 俺がいつも求めているものさ。あんたの言う通り初めは冒険家として名をはせ、皆にチヤホヤされたいって欲求もあったさ。だが、そんなのすぐに飽きた。人の反応なんて瞬間的なもの。暫く成果を出さなきゃすぐに忘れられちまう」
そこで一度言葉を切ると、俺の方に近づき、しゃがんでまた顔を覗き込んできた。今度の顔には彼のドロッとした決意が見える。
「すぐに冷めちまう大衆より、俺は良いものを見つけた。それが俺を飽きさせない、面白いものだ。面白いと言っても色々あるがな。見たことない魔獣、景色、異国の歌劇に飯、なんでも良い、俺の知らないこと、刺激を与えてくれるものなら何でも良いんだ」
ヨハネスは俺から奪った魔石を見せつけるように顔の前に置いた。
「こいつはな、俺に珍しいものを見せてくれんだよ。王子の話じゃ今まで体験したのとは比べもんになんねぇくらいにな……そうだ、ここを離れる前にあんたに良いことを教えてやるよ」
「良い……こと?」
「ああそうだ。あんたはコレが引き起こす魔法について何か勘違いしてるようだからな。ランドルフ王子がやろうとしている魔法、『魔人再臨』はおそらくあんたが読んだであろうアカデミーの学長が考えたちゃちなもんとはまるっきり違うものなんだ」
「違う魔法……だって? あれは竜脈の魔力を強引に取り込ませようとするものじゃ……」
「ああ、そこは当たっている。だが、おそらくあんたはただ取り込ませるだけだと思っているだろ? そして、上手く取り込めなかった奴が血管や臓器に傷を負うと。だがな、この魔法はただ取り込ませるだけじゃなくて定着させるまで無理やりさせるんだよ。しかも対象は無差別だ。前の学長の劣化コピーみたいな低魔力や魔力の無くなった人を対象とするものじゃない。この意味が分かるか?」
「まっ、まさか国中の……全ての人に? 強制的に効果が及ぶ?」
「その通り。しかも、上手く定着させた魔力と適合できない場合どうなると思う?」
そこで彼は一段と醜悪な笑みを見せた。
「運が良ければその場でくたばっちまうだけだが、最悪の場合は肉体そのものが変異しちまう。魔獣になっちまうってことだ」
「ま、魔獣に……なるだって」
聞いたことはある。昔の魔導士は自らの魔力を高めようと、自然界の魔力を取り込みすぎて肉体が取り込まれる異質な魔力に対応できずに変化してしまうと。そうなると人としての自我が保てず魔物になってしまう……おとぎ話だと思っていたがまさか。
「おっ、顔が青くなったねぇ。このままじゃあ自分もそうなるって感じたか?ただ、全員がそうなるってわけじゃない。運が良ければ肉体と適合して飛躍的に魔力量が向上するし、本能的に魔法の扱いが上手くなるって話だ。まぁ、適合できるのは良くて全体の二割ほどって聞いているがな。どうだ、面白い話だろ?」
「……どこが、面白いって言うんだ。おっ、お前だって魔獣になる知れないんだぞ」
「はぁ、分かってねーな。そこが良いんだろ? 自分が化け物になっちまうかもしれない。だが、もしかするとスゲー力が手に入るかもしれない。こんな賭け、やろうと思ったて出来るもんじゃねーしな」
そしてヨハネスは笑う、まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように。
「それに上手くいきゃ面白い魔獣とたくさん戦えるんだぜ? 戦闘は何よりも俺に楽しみを与えてくるスリルだ。最近は歯ごたえのある魔獣もいなくってよ、これが決まれば当分は面白くしてくれるだろ?」
そう話すヨハネスの目はギラついていて、戦いを欲する獰猛な獣のように思えた。
「お前……狂ってるな」
つい、そう言葉が出た。だが、これを聞いてヨハネスは怒ることはなくただ満面の笑みを浮かべた。
「ああ、狂ってるさ。それは分かっている。だが、これを追い求めなくちゃ生きていてもつまんねぇーんだ。まっ、俺みてーなやつは案外多いもんだぜ?冒険家なんてやってる奴はこういう感情がねーとやってけねぇからな」
最後にそう言うとヨハネスは立ち上がった。
「さて……そろそろおしゃべりもお終いだ。約束通りあんたは始末しないでおくよ。ただ――」
ヨハネスは右足を後ろに引いた。
「少しの間眠ってもらうぜ。次起きた時、自分が魔獣じゃないよーに祈っておくんだな」
俺が最後に見たのは頭に振り下ろされるヨハネスの右足だった。
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