第31話 禁じられた魔法
「魔法が使えなくなったら――って、どうしたんです急に?」
今日の姫様はなんだか様子がおかし。、急に変なことを聞いてきたかと思ったら、今度はなんだ?
「突然、こんなことを訊いたら先輩も困ってしまいますよね?」
「そりゃそうですよ。どうしたんです? 今日は本当に何かあったんですか?」
俺がそう訊くと姫様は首を左右に振った。
「いえ、何かがあったわけではないのです――ところで先輩?」
「どうしました?」
「今部屋には何も預けてないと言いましたよね?」
「それは……現に何もなかったじゃないですか」
確かに部屋に入った時には何もなかった。姫様が持ち込んだ鞄以外――
「もし、本当は預けていたと言ったらどうします?」
「えっ、でもここに来たのは初めてなのでは?」
「はい、その通りです。でも、この場所には初めからあるものが預けられていたのです」
「???」
何を言っているのか全くわからない。
「フフッ」
そう笑うと、姫様は奥にある棚と棚の隙間に手を入れ、何かをつぶやいた。はっきりとは聞こえなかったがおそらく魔法の類だ。
すると周囲に青白い光が程走り、「ズズズッ」という音と共に棚が左右にずれ、奥から新しい棚がせり出てきた。
棚には小さな箱が一つだけ置いてある。その箱は片手で覆うことが出来るほどだ。
姫様はその箱を取ると蓋を開け、中にしまってある宝石のような石を取り出し、俺に見せてきた。
だが俺はそれを見ないようにすぐに手で両目を覆った。
「何をなさっているんですか?」
姫様は不思議そうな声で俺に訊く。
「いえ、それはこちらのセリフです! 何をしているんですか、これは俺の見て良い物ではないですよね!」
この倉庫そのものに干渉する魔法は王族にしか伝わっていないと聞かされている。そして、何も預けてないと言いながら元々倉庫に、しかもあんな風に隠されているものなんて王家に伝わる秘宝くらいしか思いつかない。
「そんな王族しか見ても知ってもいけないようなものをただの倉庫番に見せないでくださいよ!」
俺がそう叫ぶと、一拍置いてまた姫様の声を抑えた笑い声が聞こえた。
「じゃあ仕舞いますから目を開けてください」
そう言われて俺はしぶしぶ手の覆いを解いた。
姫様はちゃんとあの宝石のようなものをしまってくれていた。良かった……
「……それで、いったい何なのです?」
「それは、どのことを指していますか?」
「どれもこれも全部ですよ。先ほどの質問の意味も、私に危険なものを見せようとした経緯もです」
「そうですね。ではまずあの宝石について話します」
そして、姫様は俺の顔をまっすぐ見てこう言った。
「あの宝石は『魔人再臨』という古代魔法を使用するための触媒の一つです。その魔法を使用するにはあの触媒となる宝石……初代国王の魔力が込められた魔石と王の血を引く者の魂が必要だそうです」
真剣な眼差しで、姫様は王家に隠された魔法のことを俺に語った。人間の魂を触媒とする魔法は、禁呪と呼ばれる古代魔法しか存在せず、そうした魔法はどのようにして発動するのか解明されていないと聞かされていた。だが、失われてたはずの魔法が現存し、何よりもその触媒となる人間が王族でなければならないという事実を知り、俺は言葉を失った。
「……この魔法を行使するには王家の血を引く者の中で、最もこの魔法との波長が合う人が選ばれます。即ち占星魔法を継いだもの。この場合は私が当てはまります」
そう言って寂しそうな笑みを浮かべる姫様。
「……この魔法はどのような効力をもたらすのですか?」
俺の口から出るのはこの程度のことが限界だった。
「それは、この国に再び魔力が満ち溢れ、全ての人が魔法を使えるようになると伝えられています」
「そして――」と言葉を紡ごうとして姫様は視線をさまよわせると意を決したように言った。
「今の、人々が魔法を使えなくなっていくこの状況を打破できる唯一の方法でもある、と言われていますね」
「……」
もう、俺はなんといえば良いのか本当にわからなくなってしまった。
「先輩はまだご存じないかもしれませんが、今この国は大きな危機に見舞われています。
今はまだ、ほんの少しですが魔法を十分に扱えなくなってしまった人が出始めています。これは、かつて人々がこの裏の世界に渡ってきた原因ともなっている『魔力消失』の前兆ではないかと考えられています」
黙っている俺をよそに姫様は言葉を続ける。
「姉上や兄上も、魔力が失われてゆく現状をどうにか解決しようと様々な方策を考えていらっしゃるそうですが、どれも芳しくないと聞いています。ですが……」
「占星魔法で未来を見た私なら分かります。この方法、『魔人再臨』であればきっとこの国を救うことが出来ると、私の腕はまだまだ未熟なので確かなことは言えませんが、この魔法の効力は未知数です。でも、この方法しか国を救うことはないと思っています」
姫様は決意の込めた、しかしどこか悲しみを帯びた目で言葉を続けた。
「……どうして、この話を私に」
「どうして、でしょうね……たぶん先輩だからだと思います」
「答えになってませんよ」
「ふふ、ようやく先輩らしくなりましたね。でも、先輩はいつも私に色々なことを教えてくれたじゃないですか」
「そう、頼まれたものですから」
「例えそうだったとしても、アカデミーで困っている私に声をかけてくれた時、私とてもうれしかったんですよ? 私が姫だからか全然話しかけてくれる人いなかったんですもの」
「それはそうですよ、なんせ姫様ですもの」
ようやく、さっきの様に返せているような気がする。
「でも、姫だってああいう風に畏まれてばかりじゃ淋しいんですから。それに、先輩は私の愚痴も聞いてくれますし、安らぎを与えてくれていたんです」
「それ……こちらこそ、姫様とお話しできて、その、私も楽しかったのでお互い様ですよ」
「そうだったんですか? だとしたら私もうれしいです……そんな先輩だからですかね。こんな話が出来たのも」
「……」
「国内で魔法が使えなくなっているという話を聞いて未来を見たら、とんでもない世界が広がっていて、どうしたらそれを回避できるのか必死に探していたらこの魔法のことを知って、私一人の命で皆が救えるのなら……と思ったのですが」
すると姫様はポロポロと涙を流した。
「私、急に怖くなってしまって。皆様のためなら私自身どうなっても良いとまで思ったのに、そんなこと皆に言うことも出来なくって……そんな時に先輩の顔が思い浮かんだんです」
「……」
「ほら、魔石は倉庫に置いてありますし、取りに行くならどのみち先輩と顔を合わせなければなりませんから」
すると姫様は涙をぬぐい笑顔で言った。
「でも、先輩のぼんやりとした顔を見たらなんだか気が抜けてしまって。本当なら魔石を持ち出して『魔人再臨』を行うようにお父様に進言するつもりでしたのに」
そして姫様は一度無言になり、一歩俺の方に向かって足を踏み出した。
「でも、先輩の話を聞いてもう少しだけ他の方法を考えてみよう、そう思いました。ありがとうございます」
「……いえ、私は大したことしていません」
「でも、これで先輩の考えも変わったりしません? もしかすると先輩も魔法が使えなくなってしまうかもしれませんよ?」
少し不安げに姫様が訊く。
俺はしばし、姫様の顔を見てから「ハァ」とため息をついた。
「なんですか先輩、ため息なんてついて!」
「いえ、なんでもないですよ」
「……それで、先輩の考えは変わりますか?」
「そんなことありませんよ。さっきも言ったじゃないですか、姫様一人が犠牲になる必要はありません。皆で考えていけば良いのです。第一、俺なんて魔法が使えなくなったて今とそう変わりませんから」
おどけて言うと姫様はクスリと笑った。
「そうそう、姫様はそうやって笑って方策を考えてくださいよ」
「もう、他人事みたいに言わないでください」
そう言って俺達は二人で笑った。
「それより、俺がこのことを聞いたことの方がマズいんじゃないですか? これ、国家機密ですよね」
「まあ! そういえばそうでしたね」
「ちょっ、そうでしたね、じゃないですよ!」
俺が慌てると姫様はクスクスと笑っている。
だが、俺はそんな風に笑っていられる状態じゃない。機密を知った者にはどんな形であれ極刑は免れない。しかも、姫様に過度に入れ込んでいる陛下ならやりかねん!
「分かりました。じゃあこうしましょう。今から俺は自分に〈記憶制御〉の魔法を使います。これを使えば今、ここであったことの記憶は一時的に封じられますので、そしてもし何かこの事で心配なことがあればまた俺に言ってください。記憶の解除キーに姫様のことをセットしておきますので」
「でも、そうすると私のことを想うだけで思い出しませんか?」
「ご心配なく、姫様のことなんて倉庫を出ればコロッと忘れますので」
「もう、ひどいですよ先輩!」
そう言って姫様は頬を膨らませたが、すぐに笑顔になるとこう言った。
「では、また相談に乗ってくださいね先輩」
「まっ、気が向いたら乗ってあげますよ」
「こういう時は相談だけじゃなくて、困ったときはいつでも助けてあげる、くらい言ってくださいよ」
「はいはい、困ったら相談に乗りますし、助けてもあげますよ。俺が出来る範囲ですけどね」
「約束ですよ、先輩」
「分かってますよ、リエーラ姫様」
――あれが俺と姫様と最後の会話だった。
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